うそ、多分食べすぎたから重く感じただけ、きっとそう
今日の朝ごはんは、フレンチトーストとカフェオレ。艶々とした黄金色の食パンは、外側はカリッと、中はふわふわもちもち。バニラ香る砂糖の甘みの中に、パンが持つ微かな塩味があって、絶妙に美味しかった。また、カフェオレは甘さの具合がちょうどいいのに加え、香りも高く、朝のひとときが酷くゆっくりと流れているように感じるほどの落ち着きをくれた。最高の朝食、ただ、フレンチトーストはハート型、カフェオレはラテアートで白いハートが浮かび上がっていて、少し重かった……うそ、多分食べすぎたから重く感じただけ、きっとそう。
「今日もご馳走様でした」
「いえいえお粗末様でした」
隣でふわふわのツインテールが揺れている。白んだ青空の下、美鶴と一緒に登校していた。
「朝なのに暑〜い」
「もう夏って感じだなぁ」
「ね。球技大会が終わるまで待って欲しかったぁ〜」
「球技大会って言えば、美鶴は何に出るの?」
美鶴は空へ向けてひょいと片手を投げる。
「バスケ。まぁまぁガチメンでやるから、高良は見に来ないで」
「なんで?」
「真剣な顔でやるから可愛くないじゃん」
頬を赤らめて斜め下を見る美鶴。その顔が可愛すぎて、真剣な顔が可愛くなくなるなんて想像もつかない。それに、真剣にバスケをする美鶴はただカッコいいと思うし、見に行きたい。だけどまぁ、本人が俺を気にして、何か影響が出たら嫌なので、諦めることにする。
「そっかぁ。七海さんもバスケだから観に行こうと思ってたんだけど、そう言うならやめとくよ」
「嘘、観にきて」
「急にどした?」
「私に負けて無様な姿を晒す七海を観にきて欲しいの」
「泣いている甲子園球児を楽しむような歪んだ価値観はもちあわせていませんので」
そう断ると、美鶴は唇を尖らせた。
「ええ〜。じゃあ、やっぱこないで。適当なとこ見てて」
「なら、ソフトでも見にいくよ」
「ソフト? どうして?」
「ほら、前会った屋敷先輩がいるじゃん。あの人がソフトに出るんだ」
「へぇ〜。で、何で高良は屋敷先輩が出る種目を知っているのかな?」
美鶴はぴたっと足を止めて、冷えた声色でそう言った。振り返って美鶴を見ると、目が闇になっている。それに何だこのオーラ、肉食獣のような獰猛な空気。鈴を鳴らしたり、死んだふりしたり、目を逸らさずゆっくり後退りしたくなる。兎にも角にも怖い。
「え、あいや、それはその」
「もしかして噂になってる? ううん、それなら私が知らないはずない。外から聞こえてきた? いやいやそんなわけがない、二年のクラスは階が違うから音すら聞こえない。そもそも屋敷先輩を見にいく理由は何? 見た目? だったら……」
「い、いや、この前手伝いしてから、それなりに会話する関係になってさ。俺、七海さんと美鶴以外には先輩くらいしかちゃんと話せる相手いないし」
「ねえ、高良♡ 先輩とどういう関係?」
「た、ただの知り合い」
「本当に?」
射抜くような視線を向けられて、ごくりと唾を飲む。のちのち先輩との関係がバレて酷いことになる未来が見えたので、真実を話す。
「放課後、部室で二人で過ごす仲……」
そう言うと、美鶴は笑顔で「よし」と言った。
「ソフトに出る子と代わってもらおう」
「ど、どうして?」
「インハイ 、いっぱい投げるんだ♡」
「やめたげて。先輩、きっと泣いちゃうから」
それからずっと美鶴を宥めながら登校し、教室の前にたどりつく頃になって、ようやく美鶴はいつもの調子になった。
「じゃあね、高良」
「うん、じゃあ」
別れかけたとき、美鶴は足を止めて振り向いた。
「放課後、楽しみにしてて!」
放課後は練習があるって言ったはずだけど、と思いながら教室に入る。
いつも通り、自分の席に直行して着席。そして、つかれたー、と窓に顔を向けて頬杖をつく。
「おい、高梨、何一人、黄昏てんだよ」
声をかけられた。教室の前の方の席で、池くん、川合くん、海原くんが俺に向けて手招きしている。俺はゆっくりと立ち上がって、彼らの下まで歩いた。
「どうしたの?」
尋ねたら、怪訝な顔を向けられた。
「はぁ? どうした? って、お前こそどうした?」
尋ね返されて気づく。休み時間は友達と駄弁って過ごす、ただそれだけのこと。特に意味もなく、俺を呼んだんだ。
口元が自然に緩むのを感じながら、俺は会話に混ざった。
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