お前ディフェンダーな!
放課後、18時半の公園はほんのりと陰った茜色。日の長さに夏の到来を感じる中、馬鹿な高校生4人はサッカーボールを蹴って騒いでいた。
「へい、パス!」
「残念、そこは俺だ」
「ちょいちょい高梨くん、また引っかかっているよ」
出したボールを取られたので、俺は三人の輪の中に入る。やっていたのは鳥籠、先輩が聞けば失神しそうな練習だ。
これで、中に入るのは4回目。開始5分にして4回、俺以外の3人は1回ずつ、と明らかに、俺が下手だ。いや別に俺が下手なわけじゃない。こいつら3人が上手すぎるのだ。
「あのさぁ、上手すぎない?」
そう言うと、当然だろ、と池くんは答えた。
「俺はサッカー部、川合はバスケ部のエースでスポーツ万能、海原は中学までクラブでサッカーやってたし」
「それさ、俺入れなかったら、本気で優勝ねらえたんじゃないの?」
川合くんは、やれやれ、と肩を竦めた。
「優勝よりも、身近でイチャイチャされたくない気持ちの方が強い」
海原くんは、首を縦に振る。
「モテるかもしれないという、可能性の話より、確実な方を選んだだけの話だよ」
力が抜けていくのを感じる。練習を始めたときには、このチームでプレイすることに気が引けてたけど、ちょっとでも気遣ったことを後悔した。
練習に戻って、何回かパスを回された後、コースを切ってカットする。そして外に回ると何回か回した後で、またひっかけてしまう。そんなことを繰り返していると、池くんが口を開いた。
「高梨、あれだな」
「何?」
「昼休みサッカーレベル」
「いやだから、上手くないって言ったじゃん」
「下手でもねーよ。ディフェンスはちゃんと半身になれてるし、トラップもパスもそこそこ。けど……」
「けど?」
「抜いたり、フェイントが下手。だからパスがひっかかる。いわゆる、昼休みサッカーに多いタイプ」
「うっ、二回も言わんでも」
「この事実から導き出される結論は一つ」
池くんがそう言うと、残り二人も同時に口を開いた。
「「「お前ディフェンダーな!」」」
なんだろう、この言葉、凄く心にくる。そんな思いが顔に出ていたのか、残りの3人は俺の肩を、ぽん、と叩いた。
「気にすんな高梨、エースストライカーの俺が取られた分、点とってモテてやんから気軽にいけ!」
「高梨、ディフェンダーだって悪くないぞ。ただモテないだけだ。フォワードの俺はモテるだろうが、そう気にすることはない」
「高梨くんは縁の下の力持ちって僕はわかってるから。ただ目立ってモテるのは一番前の僕だけど、高梨くんが頑張っていることは僕だけはわかってるから」
また3人の声が重なる。
「「「は?」」」
一気に険悪なムードに変わる。
「いやいやいや、フォワードは俺っしょ? 現役サッカー部だし」
「何を言ってるんだ、池。がたいが良くてポストプレーができる俺に決まってるじゃないか」
「それこそ何を言ってるんだよ、川合。この中で一番サッカーに精通してるのは僕。当然、僕がフォワードだよ」
バチバチと視線がぶつかって火花が飛び散る中、俺はゆっくり手をあげる。
「四人制サッカーでポジション決めちゃうの?」
「そりゃそうだろ、高梨が一番後ろとして1-2-1のひし形。俺以外が目立ってモテたら癪だからな」
「当たり前だ。俺以外が目立つことは許さん」
「僕の他に黄色い声援を向けられたら耐えられたもんじゃないね」
「「「は?」」」
なんだろう、ほんとに頭がよろしい。
3人が取っ組み合いの喧嘩を始めそうになったので、また力なく手をあげる。
「ここはジャンケンにして、もうはやく練習に戻らない?」
「何言ってんだよ高梨!? 運に頼るなんて……」
「余裕がない男はモテないらしいよ。大変なことを運に任せる男は余裕があってカッコいいんじゃない?」
適当にそう言うと、3人は真に迫った顔に変わる。
「いや、んなわけ。で、でも、葵美鶴と七海、学園のアイドルからモテる男がモテると言うんだから……」
「たしかに。高梨が言うのだから説得力がある」
「まぁ僕は最初からジャンケンがいいと思ってたけどね」
信頼が篤い。ツチノコを部屋で飼えば女子が寄ってくる、と言えば、今すぐ探しに行くのではなかろうか。今度言ってみよう。
などと考えているうちに、余裕とはもっともかけ離れた顔でジャンケンが行われ、FWが長身バスケ部の川合くんに変わった。
「俺か。仕方ない。ジャンケンの結果だからな」
「これ、三回勝負じゃなかったっけ、海原?」
「そうだね、池。三回勝負だったはずだよ」
「真ん中で上手い奴には大体彼女が出来るらしいよ」
「よし。練習に戻ろう、海原」
「そうだね、池」
みんなハッピーになったところで、練習に戻る。相変わらず、中にいかされる回数は多いけれど、足でボールを弾く感触、伝わる衝撃が心地よくて気分が高揚してくる。ただ蹴ったり走ったりするだけなのに、やってりゃ楽しくなってくるのはいつも不思議に思う。
「必殺シュートとか欲しいな」
「お、いいこと言うじゃん。名前とか、何する?」
「高梨くんが決めてよ」
「ええ……じゃあ、ロイヤルストレートフラッシュ」
「っぽいけど、どうしてポーカーなの」
「じゃあ、シャインマスカット」
「っぽいけど、ブドウの品種かよ」
「なら、シークレットベース」
「やめろ、その技は俺たちに効く」
ぽんぽんと弾むボールと同様に、くだらない会話も弾む。必殺シュートから始まり、漫画の話。可愛いキャラの話になって、好きな女優の話。そしたら、学校の可愛い子の話になって、しょうもない世間話が始まる。
そんなやりとりが楽しかったことは、ちかちか、と点きはじめる公園の街灯が教えてくれた。気づけば辺りは薄い青に包まれ、数メートルの距離でも顔が見づらくなっている。
「あ」
短い声を出して、海原くんがトラップをミスした。それを皮切りに終わりのムードが漂い始める。
「見えなくなってきたし、今日は終わりだな」
「おう、そうするか」
「そだね〜」
足元に力ないボールが転がってくる。よろよろと弱々しくなり、足にこつんと当たって止まる。俺はそれをぼーっと眺めた。
「どうした、高梨?」
「あ、何でも……」
言いかけて顔を上げた。
「終わるのが、ちょっと寂しいな、って思って」
「はぁ?」
「いやさ、転校してから、こんな遊んだの初めてだから」
そう言うと、けらけら、と笑われる。
「今日は初日だぜ? これから金曜までやんのにその調子でどーすんだよ」
「ああ。楽しいのは今のうちだけだ。お前はパスとフェイントを磨かなきゃならないんだから、もっと厳しくいくぞ」
「そうそ、楽しいのは今だけ。もう友達なんだから、遊ぶことに飽きてくるよ」
海原くんの言葉に引っかかって尋ねる。
「友達?」
「おいうそだろ! こんだけ遊んでおいて友達判定されないのかよ!」
「なんて酷いやつだ。俺たち非モテとは友達とは認めないっていうのか」
「いやいやいやいや! 違うって! その、俺、友達がぜんっぜん出来なかったから急のことでビックリしたっていうか!」
そう言うと、少し間があって、大きな笑い声が上がる。
「なんだそれ! わけわかんねーし!」
「高梨、お前おもしれー女だな!」
「最初の友達でちゅよ〜、嬉しいでちゅか、高梨くん? おやまの上でおにぎりぱっくんしましょうねぇ〜」
俺は唇を尖らせる。だけど、悪い気分ではなかった。
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