ハーレム計画が終わった
月曜日、放課後前のHRの時間。体育委員の七海さんが、黒板に球技大会の各種目を書いていく。
かつかつ、と鳴るチョークの音と、何にするか、と相談し合うクラスメイトたちのざわめきを耳にしながら、窓の外を眺める。
『七海さん、それってさ、もう俺は七海さんの友達でいいってことだよね?』
カラオケボックス内での言葉、その答えはまだもらえていない。聞けばよかったのだろうけど、もしも、の歌詞の一部のせいで聞くことが躊躇われた。そんな筈がないとわかっていても、もしも七海さんが俺のことを思っていたら、そう考えてしまったのだ。
七海さんにとっては、想定通りのことだったのだろう。友達でいいってことだよね、と聞かれたので、私は君のことを思っている、というフリをするあざとい行為。それを本気かも、と少し思って、大事なことを聞けなかった俺を、本当に叱って欲しい。
「各種目人数制限があるから、被ったらジャンケンで!」
俺は黒板に書かれた種目を見る。卓球、テニス、バドミントン、募集人数はそれなりに多い。一番、少ないところにいけば、ジャンケンせずとも済みそう。
七海さんとダブルスが組めそうで安堵する。
聞けなかったことは仕方ない。七海さんとは二人で出る約束をしているのだ。ここでダブルスを組んで友達になるきっかけを作って、友達になればいい。
現状、俺と七海さんは何の接点もないように見られているわけだから、学校で話しかけにくい。だけど、球技大会後は、七海さんに話しかけにいっても、球技大会を機に仲良くなったんだな、と周囲に見られるため、学校で話しかけやすくなる。
友達になれる俺になるには、学校で普通に話せる関係になることは必須。それに七海さんが俺を他の友達と同じように接するようになれば、俺のことを友達と見てくれるはずだ。
「はい、それじゃあ、まずは四人制サッカーから。出たい人いますか?」
七海さんがそう言うと、すぐに声が上がった。
「4人制サッカー、それに俺たち3人と……高梨で出ます!!」
突然のことに目を丸くした。
そう言ったのは、池くん。手を上げているのは、川合くんと海原くん。この前、美鶴と登校したのを問い詰めてきた3人だった。
七海さんの顔を見る。俺同様に目を丸くしていた。俺とダブルスを組むつもりだったのだから、驚いて当然。実際俺も、七海さんと出るつもりだったので、突然の指名に驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょい待って」
そう言うと、3人が俺の方を見た。
「高梨、お前に拒否権はない」
と池くんが言うと、七海さんが立ち上がった。
「ちょっと、高梨くんが可哀想だよ!」
七海さんがそう言うと、3人が、やれやれ、といった雰囲気を出した。
「七海、お前の魂胆はわかってるんだ」
「な、なにかなぁ?」
池くんがそう言うと、七海さんが惚けた。
「お前に高梨はやらん!」
「高梨くんは男同士で組むんだよ!」
川合くんと、海原くんがそう言うと、七海さんは顔を赤くした。
「は、はははは、はぁ!?」
周りには、ただ善意で止めただけなのに、七海さんが俺と組みたがっているようなことを言われている、と映っているだろう。だが、実際は違う、図星なのだ。
どうして3人に気付かれているのか、それは気になるところではあるが、今考えなければいけないことは違う。どうすれば、ここから、七海さんとペアを組めるか、だ。
だけど、もう手遅れだよな。
七海さんが『はぁ?』と、とぼけてしまっている。ここから後で「二人で出ます」とは言いづらいにもほどがある。
「わかったよ、4人制サッカーに出ます」
俺は仕方なしにそう言った。
***
HRの時間が終わり、放課後。チャイムが鳴ると同時に3人が俺を囲んだ。
「高梨、これからよろしくな!!」
「絶対に勝つぞ!」
「高梨くん、やってやろう!」
妙にハイテンションの三人に面食らっていると、池くんが尋ねてきた。
「どうした、高梨? マジで嫌だった感じ?」
「いやまあ、いいんだけどさ、どうして俺を誘ったの?」
三人は顔を見合わせた後、俺に数十センチの距離まで近寄ってくる。
なに、怖い。
「お前、土曜に七海とデートしてたろ」
池くんが小声で言うと、川合くんと海原くんも小声で続いた。
「俺らもいたんだよ、ショッピングモール」
「そうそう。モテそう、って思って、お洒落なカフェに入ろうとしたら、高梨くん達をみかけてね。僕たちは負けた気になって、インスパイア系のラーメン屋に逃げ込まされたんだよ」
三人の空気がどんよりとする。
「なんで、俺たち逃げちまったんだよ」
「気にせず入ればよかったのに、惨めだ」
「ラーメン、妙にしょっぱかったよね……」
「それで、それがどうして俺を誘う理由になったの?」
なんとなく、この話題に付き合っていられなくて、俺はそう言った。
「そりゃお前、いちゃいちゃを見たくないからに決まってるだろ」
「高梨、七海とダブルスで出てキラキラの青春を送るなんて許さん」
「男臭い競技に誘わないといけない、そう思ったんだ」
びっくりするほどしょうもない理由で、七海さんと友達になる機会が奪われたことに内心嘆く。どうして俺はこいつらと一緒にサッカーしないといけないんだろう。オレンジ色のヘアバンダナつけたGKに誘われるのとえらい違いだ。
そんな感情が顔に出ていたのか、池くんは「そう落ち込むな」と言った。
「4人制サッカーの決勝は球技大会の一番最後! つまり! 全校生徒が見にくるんだよ!」
「そうだ! そこで活躍すればモテモテになるにちがいない!」
「僕が調べたところによると、サッカーは女子が見にくるランキング1位! 校内の女子が全員観にくるとして、少なくとも何人かは恋に落ちてくれるはず」
なんとまあ、頭のよろしいことで。ただ、俺も頭のよろしい考えが思い浮かぶ。
それだけ注目されるのなら、そこで活躍すれば、友達になれる俺に一歩近づくのではないだろうか。現状、学校で七海さんが友達と話している輪に入れないくらいには、周りの目を気にしている。だけど、活躍して周りの目が多少でも変われば、輪に入る勇気が出て、七海さんと学校で普通に話せる関係になれるかもしれない。結果としては、七海さんとダブルスで出ることと一緒だ。
だが、あくまでこの考えは、頭がよろしい考えにすぎない。
「あのさ、活躍っていうけど、俺はサッカー得意じゃないから、多分負けるよ?」
三人が顔を見合わせたあと、絶望の表情を浮かべる。
「終わっちまった、俺のハーレム計画が」
「いや、俺のハーレム計画が終わったんだ」
「違うよ、僕のハーレム計画が終わったんだよ」
頭のよろしい三人は諦めてしまった。でも俺は、言っておいてなんだけど、簡単に諦める気になれなかった。可能性があるのなら足掻きたいくらいに必死なのだ。
「だからさ、もしよかったら、サッカーの練習に付き合ってくれないかな?」
そう言うと、また三人が顔を見合わせた。そしてニヤッと笑う。
「んだよ! 高梨、ノリいいじゃん! いいぜ、練習しよう!」
「金曜まで、放課後はずっと空けとけよ!」
「僕たちは厳しいから覚悟しておくんだよ! とくにリア充の匂いがするやつにはね!」
頼んだことを秒で後悔する。だけど、このノリは心地よかった。
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