もしも
「もうすぐ終わりかぁ」
曲を歌い終えた七海さんはそう言った。
時刻は18時半。フリータイムは19時まで。終わりの時間が近づいている、歌えてあと2、3曲だろう。
そう考えると、やっぱり寂しい。外の音から隔離されたカラオケボックスの中、お洒落な照明の下。非現実的な空間から抜け出す時が迫っているのだと思うと、夢から覚めてしまうことがわかってしまった時のように切ない。
楽しかった。この数時間、ドキドキさせられっぱなしだったけれど、七海さんとのカラオケは間違いなく楽しかったと言い切れる。
「楽しかったね」
七海さんはマイクを机に置いて、それでもまだ立ったまま俺に顔を向けた。その表情はどことなく寂しそうな、惜しそうな顔だ。
「どうする? 何か歌う?」
尋ねると、七海さんは首を振った。
「ううん、休憩」
七海さんは俺の隣に座る。そして肩に頭を預けてきた。
今日ずっと胸をときめかせていた甘い香りは、アロマみたいにただ落ち着く。肩から伝わる温かさに、アイスクリームみたいにてろてろと体を溶かされてしまいそう。
今日一日の心地いい疲れがやってきた。このまま、くたり、と寝ていきそう。そう思った時、七海さんは立ち上がり、俺の膝の上に乗った。
目が覚め、一気に顔の熱が上がる。
太腿に伝わる柔らかい感触、至近距離のTシャツの膨らみ。熱っぽい表情。さらに腕を首にまわされそうになる……がそれは止まった。
「こ、これは流石にやりすぎか」
七海さんは顔を真っ赤にして膝の上から降り、手で顔を扇ぎながら隣に座り直した。
互いに赤くなった顔を逸らして、虚空を眺める。
妙に気まずくて、甘ったるい空気がカラオケボックス内に満ちた。曲紹介のpvが流れているけれど、静かで、忙しない心音が聞こえているような気がする。
しばらくそんな時間が続いたが、そわつきが収まらず、空気を変えたくて俺は口を開いた。
「あのさ。今日はありがとう」
「ありがとう?」
「遊び誘ってくれて。楽しかったよ」
「そっか、転校生も楽しかったんだ」
少しの間があく。
「ねえさ、来週の球技大会、一緒に出ようよ」
「球技大会?」
「うん、金曜日にあるんだ。多分、月曜日に出る種目を決めると思う」
そう言って七海さんは続ける。
「だからさ、卓球とか、バドミントンとか、テニスとか、ダブルスで出れるやつに出ようよ」
「そりゃ別にいいけど……」
「けど?」
「学校だったら、素の七海さんを出せないんじゃない? それで俺と組んでても楽しくないんじゃないの?」
そう言うと、七海さんは笑った。
「今日、こんなに楽しいのに、素が出せないだけで楽しくないわけないよ」
それに、と七海さんは続ける。
「そろそろ学校でもさ、転校生と仲良くしたいよ。寂しいじゃん」
素じゃない七海さんと学校で仲良くする、それはもう、七海さんの友達と同じじゃないのだろうか。
「七海さん、それってさ、もう俺は七海さんの友達でいいってことだよね?」
そう尋ねたあと、カラオケボックスの電話が鳴った。七海さんがそれをとって、返事をしたあと電話を切る。そして笑顔を向けてきた。
「私、最後に歌いたい曲ができちゃった」
桜の花びらが視界一杯に舞うように儚くも賑やかで、白砂のビーチとエメラルドグリーンの海みたいに煌めいていて、にわか雨が過ぎ去った青空のように爽快で。その顔は今まで見てきたどんな笑顔より綺麗だった。
「〜♪」
七海さんが歌い始めた曲はradwimpsのもしも。
歌詞が胸を打つ。ドキドキが止まらない。
そして……言いようのない不安を抱いた。
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歌詞は書いていいのかわからないので、お調べください。
これにて2章が終わりです。8月終わってモチベが下がってしまったので、よろしければ感想をどうかよろしくお願いします。よろしければ、好きなキャラだけでもお願いいたします。
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