カラオケ

 カラオケ。誰かが歌い始めるまでの時間は緊張する。美少女と二人きりということを考えると、余計にだ。


 有名なアイドルが曲紹介している姿が、モニター画面に映っている。壁際のソファーは二つ。その前にあるテーブル上のピザやポテトなどの写真が載ったメニューは見づらい。部屋に入ってすぐ、照明の明度を限界まで上げたけれど、七海さんにいい感じの暗さに下げられた。


「七海さん、近くないかな?」


 圧迫感を覚えて俺はそう言った。狭い部屋なのに、七海さんがすぐ隣に座るものだから、余計に感じる。


「そうかな?」


 そう尋ねてきたくせに、ぐいっと側に寄ってきた。肩が密着して、男とは違う華奢な体を意識してしまう。離れようと少しずれても追ってこられたので、壁とのサンドイッチになる前にその場に止まった。


 七海さんはそんな俺を見て嬉しそうに笑ったあと、デンモクを手にとって曲を探し始めた。


「何にしようかなぁ」


 楽しそうに曲を選ぶ姿を見て、本当に来たかったんだな、と思う。


 ゲームセンターだったり、カラオケだったり、七海さんは俗世的な遊びが好きっぽいな。アイドル的な容姿だけ見れば、想像もつかなかっただろう。


 などと考えていると、曲が流れ始めた。少し古めの有名なラブソングだ。


 七海さんの歌声は、透き通っていて、甘くて、とても綺麗だった。歌のうまさは、採点があれば80点代後半から90点代前半くらい。だけど抑揚だったり、感情が込められていて歌は上手いと思う。


「君が好きで〜♪」


 七海さんが歌詞の『君』の部分で俺に指を差してきたせいで、不意に胸が跳ねた。


「転校生が好きで〜♪」


 今度は歌詞の『君』の部分を『転校生』に替えて歌われる。あざとくされていることはわかっている。語呂も良くない。だけど、いい感じの照明と、七海さんの感情が込められた歌声のせいで、いやでもドキドキしてしまう。


 曲が終わると、七海さんはニヤニヤ顔で俺の顔を覗き込んできた。


「どうだった?」


「上手かったと思うよ」


「歌のうまさを聞いたわけじゃないんだけど?」


「ドキドキした」


 そう言うと、七海さんはニンマリと笑い、デンモクを差し出してきた。


「さぁ、次は転校生の番だよ」


 なんとなく何か狙われている気がする。だけど、素直にデンモクを受け取り、定番のjpopを入れる。そして使われていない方のマイクをとろうとすると、腕を掴まれる。


「残念、そっちのマイクは充電切れ」


「いや、まだ触ってもないんですが」


「ほら、曲始まっちゃうよ」


 イントロが流れ、仕方なくさっき七海さんが使っていたマイクを手に取る。


「さっき、唇がついちゃったけど気にしないでね?」


「またそんなあざといことを言って」


 そう冷静な言葉を吐いたが、ちょっと意識してしまって、曲の出だしが遅れてしまった。


 歌い終えると、七海さんは口を開いた。


「普通だね〜」


「上手くなくて、ごめんって」


 そう言うと七海さんは「いやいや」と笑顔になった。


「普通の方がいいよ。なんというか、転校生の歌だぁって感じがしてさ。ずっと聴いていたいと思う」


「それはよかったのかな?」


「うん! あとできれば、ラブソングで『君』とか『あなた』の部分を『朝日』に替えて歌ってくれたら完璧」


「じゃあ完璧になることはないなぁ」


「いけず」


 そう言って七海さんは頬をつっついてきた。もう何回もつっつかれるが、頬が凹むことはないように、ドキドキしなくなることもない。


 それから七海さんがまた曲を入れ、歌い始めるた時に扉が開いた。


「お待たせしました。ドリンクになります」


 店員さんは、机の上にオレンジジュースを2つ置くと部屋から出て行った。


 俺は汗をかいたグラスを手にとり、ストローを差して飲む。


「転校生、私にも頂戴」


 一番が終わると七海さんは、俺が飲んでいる最中にもかかわらず、俺のドリンクにストローを差して吸い始めた。


 10cmとないほど至近距離に顔が近づき、胸が跳ねる。瞳は大きく綺麗、白い肌はきめこまやかで、唇は瑞々しくて艶かしい。半日側にいて顔なんて見飽きたはずなのに、やっぱり七海さんは美少女で、顔を見るだけで心臓の鼓動が早くなる。


 2番が始まって、七海さんが離れてほっとする。だけど……楽しい。


 そう思って、ふと気づく。


 あ、もう俺、七海さんのことが苦手じゃなくなってるのか。

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