美鶴と帰宅1
チャイムが鳴る前に最後の授業は終わり、少し早い放課後を迎える。
七海さんが鞄を持って教室を出て行くのを、俺はただ座って眺めていた。昨日、一昨日、顧問の出張で休みだったテニス部が再開したのだ。部活動に向かうのを引き止めることはできない。
結局、七海さんの周りに人が絶えず、今日のところは話しかけられなかった。
少し気落ちするが、また明日機会を窺えばいい。今日は先輩に会いに行こう。
図書室に行こうと思って立ち上がる。ただ、いるかどうかの不安は抱えていた。
昼休みのこと。図書室には屋敷先輩目当ての客で溢れかえっていたのに、昨日の放課後はまるっきり人がいなかった。そのことから察するに、先輩が放課後に図書室にいるのはごく稀なのだろう。配架を頼んできたことを見るに、図書委員の仕事がある時だけとか。
まあでも、いなかったらいなかったでその時だ。
終業の鐘が鳴るとともに、教室を出る。授業が終わったばかり、自分のクラスは終わってから時間が経っている、そのせいか廊下には誰もいない。窓から斜光が差して切なく黄色に染まる廊下をゆっくりと歩いていると、後ろからバタバタと忙しない足音が聞こえた。
「待って、高良!」
呼び止められて振り向くと、そこには俺に向かって走ってきている美鶴がいた。
「そんなに急いでどうしたの?」
俺の目の前まで来て止まった美鶴そう言う。すると美鶴は、気色満面の笑みを浮かべた。
「高良と一緒に帰りたくて、逃すまいってね」
無邪気な可憐さに殴られて、くらっときた。木の葉を透き通る、強い夏の日差しみたいな明るい笑顔。楽しくて、嬉しくて仕方がない、そんな感情が伝わってきて、顔に熱が上ってくる。
「それで急いできたんだ」
照れ臭くて目をそらして言った。
「うん。昼休みに言おうとしたんだけど、高良、教室にいなかったし」
告白を受けたあとに教室に来たってことかな。ちょうど図書室に行っていたところだったので、出会わなかったのだろう。
「で、高良、一緒に帰ってくれるの?」
それは望むところだった。友達になるために話ができるいい機会なのだ。
「いいよ。俺の住んでるとこ、河川敷真っ直ぐに行って、橋のところ曲がった住宅街だけど、美鶴はそっち方面?」
「え、高良ん家もなの。私もその住宅街なんだけど」
「じゃあ一緒だ。帰ろうか」
そう言って歩き始めると、美鶴がついてきたので歩幅を合わせて歩く。
「でもさ、高良。ご近所なのに、小学校同じじゃなかったよね?」
「うん。今住んでるのは婆ちゃんちだから」
「それって何で?」
空気を悪くするのもどうかと思って言うのは憚られた。だがまあ、別に俺はそこまで気にしていないので、そう空気は悪くならないと思い、事実を告げることにする。
「両親が離婚しちゃって」
美鶴は特に顔色を変えることもなく「へえそうなんだ」と言った。
「すごく軽い感じだなあ」
「だって高良、そんなに気にしてないでしょ」
「何でわかったの?」
そう尋ねると、美鶴は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。窓から差し込む夕日に照らされて余計に輝いて見える。
「未来の彼女なんだから、彼氏のことなんてわかるに決まってるじゃん」
美鶴に全て見透かされてるような気になってドキドキする。そんな自分を悟られないためか、俺は平気なフリを装った。
「まあ高校生だから。小中学生ならいざ知らず、皆そこまで気にしないよなあ」
「そんなこともないと思うけどね」
そんな会話はそこで終わり、互いに外履に履き替えて玄関を出る。
「私、自転車だから駐輪場まで行ってくる」
「ついていくよ」
「やさし。無人島にひとつ持っていくなら、高良を持っていきたい」
「俺まで遭難するのか〜」
なんて馬鹿な話で二人けらけら笑いながら、駐輪場に向かう。たどり着くと、美鶴は自転車を手で押して持ってきた。ピカピカのママチャリ。おろしたてすぐ、って感じの自転車だった。
「さあ、高良。後ろに乗って」
「え、どういうこと?」
尋ねると美鶴は、ふふん、と鼻を鳴らした。
「甘やかしたいって言ったじゃん。送り迎えはまかせときんしゃい」
「もしかして、そのために自転車買ってきた?」
「うん。徒歩通学だったんだけど、うちは徒歩通学のギリギリ範囲外だから自転車登校も許されてるんだよね」
キラキラと顔を輝かせる美鶴にどうしようか迷う。
正直、二人乗りの後ろ、しかも前を女の子にすることに抵抗が大きすぎる。でもだからと言って、自転車まで買った美鶴の気持ちを無視しづらい。
「俺が前に乗るよ」
「ええ。それじゃ意味ないじゃん」
「徒歩じゃなくて自転車に乗れるだけでも、俺は甘やかされてるからさ」
苦肉の策でした言い訳を聞いて、美鶴は不満そうにした。だけどすぐに「まあそれでいっか」と言った。
「二人乗りの後ろっていうのも嬉しいし」
照れ臭く笑った美鶴を見て、俺まで照れ臭くなった。
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