何それ、こわい
今の目標は、友達になる過程を見てもらうことを祈りながら友達になる。七海さんと美鶴と友達になる。そう意気込んで学校にきたはいいが、何の行動を起こせぬままもう昼休み。
教室の前の方では、友達に囲まれた七海さんが、中心でキラキラのオーラを振りまいている。人数は10人近く、中には知らない子もいて、他のクラスの子も集まっていると考えると、どれだけの人気か窺える。
はあ、とため息をつく。
喋りかけるにも喋りかけられないじゃないか。
友達になる第一歩は話しかけること。その第一歩が踏み出せない場合はどうしたらいいのだろう。ラインやインスタ等のSNSも知らない。正確には美鶴のイラストレーターとしての公式アカウントは知っているが、そこにメッセージを送ることは恐れ多い。とにもかくにも、俺にはコミュニケーションを取る術がなかった。
話しかけられるのを待つしかない……か。
凄く悲しいことを思っている気がするが、それしか手段がないので仕方がない。できないものはできない。
まだ昼休みも始まったばかりだし、美鶴のところにでも行こうか。でも、美鶴は美鶴で、友達に囲まれているだろうしなあ。これまた、話しかけられるの待ちか。何だか、惨めな気までしてきた。
そんな考え事をしていると、くすくす、と笑い声が聞こえた。声の方を見ると、下北がこちらを見て、同じグループの子に何かを言い、笑っていた。
一人でいる俺を嘲笑っているのだろう。下北、そう急ぐな、待っとけ。俺は有名人と友達になれる俺になるから。
七海さんの方を見る。今は話しかけられないけど、そのうち機会はやってくるはずだ。美鶴も同様、むしろ今、美鶴は暇しているかもしれない。
そう思って、俺は席を立って教室を出る。すると、幸運にも、廊下で一人歩く美鶴を見つけた。美鶴が階段を降りて見えなくなったので、急いで後を追う。
階段の上から覗き下ろすと、段飛ばしで階段を降りていく美鶴の姿があった。
急いでいるのかな。何か用事でもあるのだろうか。
これ以上ついていくとストーカーになりかねない。そう思って踵を返そうとした時、階下から声がした。
「ごめん、早くしてって言っちゃって」
見えないけれど、美鶴の声が聞こえる。
「いえ、全然大丈夫です!」
今度は男の声。姿形は見えないから何とも言えないが、文脈からはどうやらその子が美鶴を呼び出したのだろう。
「それで、何のようかな?」
「あ、葵さん。じ、じつは僕、あなたのことが好きで……」
「あーごめん。私す……」
突然告白が始まったので俺は慌ててその場を離れる。他人の告白、いくら公共の場だといえ、聞いていいものではない。
廊下を歩きながら思う。
美鶴、本当にモテるんだな、慣れてる感じだったし。情報としては知っていたが、目の当たりにすると実感が増す。と、そんなことを考えていても仕方ない。これからどうしよう。折角教室を出たからには何もせずに帰るのはもったいない。
少し悩んだのち、図書室へ行こうと決める。昨日、屋敷先輩とまた会う約束をしたばかりで、昨日の今日かよ、と思うが、約束を守るに早いにこしたことはない、とも思ったのだ。
図書室の扉を開くと、フロアには多くの人がいた。昨日の放課後と段違いで驚く。俺はキョロキョロと屋敷先輩を探すと、奥の窓際の席で一人本を読んでいる屋敷先輩を見つけた。
屋敷先輩に向かって歩き、軽く手をあげ、名前を呼ぼうとした時、急に誰かに口を押さえられた。
「むぐ」
そのまま後ろ向きに引っ張られていき、入り口近くで解放される。振り向くと知らない男子生徒が焦った顔でいた。
「な、なんですか?」
「き、きみ、一年生だろ? 暗黙の了解を知らないのか?」
言葉から先輩だとわかる人は、俺に暴行を働いたことを謝るでもなく、突然そんなことを言った。
「暗黙の了解……ですか?」
「ああ。昼休み、屋敷さんのクールで美しい読書姿を邪魔してはならない、という暗黙の了解だよ」
なんだそれ。意味が分からなくて首を捻る。
「ほら、見てくれ。彼女の周りの男たちを」
そう言われて、屋敷先輩の周りを見る。そこそこ距離を置いて、男どもがチラチラと屋敷先輩を見ていた。
「みんな、昼休みに必ず図書室を訪れる屋敷さんを見に集まってるんだ」
なにそれ、怖い。
「ど、どうしてそんなことしてるんですか?」
「どうしてって、学校1の美人で有名な屋敷さんだぞ? そりゃ男なら見たいと思うだろう」
ええ……。だからってそれは可哀想じゃない? と思った時、先輩の言葉が思い返されてある部分に引っかかる。
「屋敷先輩って有名なんですか?」
「そりゃ有名だよ。昨年入学した時から、彼女は常に注目の的だよ」
そ、そうだったのか。いやでも、言われてみれば当然なのかもしれない。美鶴や七海さんに負けないくらいの美少女なのだ。二人が有名で、屋敷先輩だけ有名じゃないなんてありえない。
屋敷先輩が悩みでそういうことを言ってなかったから、まったく気づかなかった。あの繊細な心の持ち主が言わないのだから、おそらく先輩自身、このことに気づいていないのだろう。まあ、気づかないのならそれ以上の幸福はない。
でもそうか。屋敷先輩も有名なのか。昨日友達になることを断られたけど、先輩の友達になれる人間になりたくなる。
「わかりました。昼休みは近づかないようにします」
そう言って、先輩からの頷きをもらったのち、図書室を出て教室に帰った。
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