閑話3
「……と言うわけなんだ」
朝日は語った。気やすくて、優しくて、わかってくれて、一緒にいると楽しいこと。素の自分を受け入れてもらえたこと。友達になろう、と言ったが、惚れてしまって、友達にはなれない、と逃げたこと。そして、素で接してもいいように好きにならない、と高良に言われていること。そのほか今までの経緯を全て、それはそれはもう、ロマンチックに、熱く、熱く語った。
私、葵美鶴は思う。
この子、痛った。
素の自分って何? 普通の高校生である俺が実は異能力を持っている、的な感じ? 痛すぎて恥ずかしくなる。それに『友達になろう、と言ったが、惚れてしまって、友達にはなれない、と逃げた』って、それはそれで別方面の痛さがある、先生にお母さんって言い間違えて「あ、ああ! 先生は子持ちだからお母さんであってるしぃ!?」と隠し通そうとするような痛さ、とにもかくにも恥ずかしくて消えたくなっちゃう。
「ちゃんと気づけるといいねー」
未来の嫁としては、結婚式の友人ビデオで痛い女が出てきて、変な空気にさせられるのは勘弁だ。
「え? どういうこと?」
朝日は好きにならないと直接言われている。負けの未来が待っている彼女は、私の相手にならないだろう。
「いや、なんでもない」
私がそう言うと、朝日の顔が変わった。ぴきり、と凍るような冷たい笑顔。
「ねえ、美鶴? 今何を思った?」
「別に、朝日は知らなくてもいいよ」
「あてて見せようか。私に負けの未来が待っている、相手にはならないだろう、って思ったでしょ?」
ぎくり、とする。思っていたことが、一言一句違わず当てられた。
「ど、どうして、それがわかったの?」
「えっ。あ、ああ、それはその……」
朝日は目線を泳がせた。いたずらがバレた子供のような白々しい顔。おい、これまさか。
「朝日もたしか、それはない、って言ったよね?」
「言いましたが」
「その時、負けの未来が待っている、相手にはならないだろう、って思ったでしょ? だから当てれたんでしょ?」
「……あは♡」
よし。喧嘩だ。
「詳しく聞かせてもらおうか七海?」
「そっちこそ詳しく聞かせてほしいなあ、葵?」
冷たい瞳から出る視線がぶつかって、バチバチと火花を散らす。
「正直に行こうか、七海」
「わかった。私から言うね」
七海はそう言って続ける。
「振られたんでしょ、葵は。それってもうダメじゃん、試合終了してるじゃん」
「うっ。で、でも七海よりはマシだし! 私は、まだ好きになってくれる可能性あるけど、七海はないじゃん! 好きにならない宣言って、もう一生好きになってもらえないんだよ!」
「うぐぅ。い、いまのところないだけで、可能性は残ってるから。それに私は葵みたいに重くないから!」
「お、重い」
胸にぐさっと刺さった。
「小学生からいなくなっても想い続けてました、なんて、正直ヘビー級すぎるよ。そりゃ転校生だって戸惑っちゃうよ」
「ぐぐぐ。で、でも七海だって素の自分を受け入れてほしい、ってことを言ったんでしょ。そんな、前世は俺の嫁だったから受け入れてくれ、みたいなこと言われたら、高良だって困るでしょ」
「ち、ちがう。全然違うけど、そう言われると、自分が痛い女の気がしてきた」
「いや、痛い女でしょ。素の自分ってやつを見せてよ」
そう言うと、七海の顔つきが変わった。色っぽくて、思わずどきりとしてしまう。
靴を脱ぐ音が聞こえてすぐ、私のすねに艶かしい感触が走る。
「ひゃう」
足でつーと撫でられて、気持ちいいやら、変な気分になったりやら、何やらで、声が出てしまった。
「これが素の私なの」
私は焦る。
「な、なんで、そんな設定にしたんだよ! えっちな性格が素なんて設定、恥ずかしすぎて死んじゃうって!!」
「せ、設定じゃない!! 別にえっちな性格でもない!!」
それからもガヤガヤと言い合いは続き、疲れてお互いに肩で息をし始めた。
「はあ、はあ、はあ。一つわかったことがあるの」
七海に私は「何?」と聞いた。
「私たち、転校生の彼女になるレースにおいて、スタートラインが見知らぬ人より後ろなんじゃないかな……」
「……同意」
二人の間の空気がどんよりと沈む。
「そう考えたらさ、七海」
「何、葵?」
「先輩と高良を二人きりで残したのってまずくない? あの人凄い美人だったし」
「い、いや、大丈夫でしょ。いくら、学校で一番有名な美人の屋敷先輩が相手でも、少しの時間じゃあ好きにはならないって」
「七海が言うと、説得力皆無なんだけど」
二人の間の空気がさらにどんよりと沈む。焦り、冷や汗が止まらない。
「も、もっと甘やかさないと負ける。でろでろに溶かすまで甘やかさないと」
「も、もっとあざとく迫らないと負ける。理性が効かなくなるまで、あざとくいかないと」
そう言った時、男性の声をかけられた。
「あの、お客様、開店初日ですので、今日はもう閉店になります」
見ると、マスター、と呼ぶに相応しい、銀髪の老齢の男性が渋い顔をしていた。
私たちは代金を支払い、店を出る前に言った。
「いいお店でした。また来ます」
「美味しかったです。また来ます」
私たちは微妙な空気のまま、マスターの「また来るんだ……」という声を背に別れて帰路についた。
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