え、ああ、うん、そんな感じ

 

 昨日とは打って変わって、今日は快晴だった。まだ残る朝の冷気は心地よく、太陽の日差しは優しくて気持ちいい。


 登校する足取りは重くない。下北に、話しかけてこないで、と怒鳴られた翌日だ。教室に入れば、くすくすと笑われるだろう、軽蔑の眼差しで見られるだろう。クラスメイトの反応が気になって然るべきだが、さほど気にならない。それはもっと気になることがあるからだ。


 七海さんは、どうして逃げたのだろう。


 昨日、俺は七海さんが逃げた理由を必死に考えた。


 弄ばれたのだろうか。いやいや、たった数時間の付き合いだが、七海さんはそんなことをする人間ではない。そもそもの話、全てが嘘だったのだろうか。そんな筈がない、七海さんが嘘をついていたようには見えなかった。友達になろう、と提案されたよなあ。もしかして、聞き違いだったとか。流石にそこまで耳は悪くない。


 なんて、思いついては否定してを繰り返し、結局今日に至るまで答えは出なかった。


 わからないのなら、気にしても仕方ない。そう思うけれど、友達になろう、って言われてすぐ友達は嫌って拒否されて、気にすんなって言う方が無理な話だ。


 それに七海さんの、素で接したい、という気持ちの大きさは伝わってきていた。それを見てみぬふりをしたくない。俺に問題があって気が変わったのなら、直して、七海さんが素で接してもいい人間になりたいと思う。


 と、まあたいそうな理由があるようだけれど、それは自分の都合に引っ張られているだけなのかもしれない。昨日、七海さんが見出してくれた、下北を見返したい、という気持ちは消えていない。学園の有名人と友達になりたい、そう思ってるから、色々と理由をつけて七海さんと仲良くしようとしてるのかも。


 ……そう考えると、自分が嫌なやつな気がしてきた。そんなんだったら、単純に下北を見返すために七海さんと仲良くなりたい、と思ってる方がいい。


 よし。俺は下北を見返したい、だから有名人と仲良くなりたいんだ。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は登校した。



 突然のことだった。


「おはよ〜、高良たから!」


 教室の扉を開くと、明るい声が飛んできた。


 自分の名前が呼ばれて、びくり、とする。声の方を見ると、教室一番左端の俺の席、そこに座った女の子が、俺に向かって、ひらひらと手を振っていた。


 ……誰?


 周りを見渡すと、みんな目を丸くしている。どうして転校生があの女の子と、という感情が表情から汲み取れる。


 俺だって知りたい。なぜ、知らない女子が、いきなり名前を呼んできたのか。しかも、俺の席に座っているのか。


「高良〜。早くおいでよ〜」


 事態が飲み込めず、入り口に突っ立っていると、急かされてしまった。俺はわけもわからず、女の子と方へと歩く。


「座って、座って〜」


 促されるままに自分の席に座ると、女の子は前の席で後ろ向きに座った。


 この子は誰なのだろう。


 ウェーブのかかったブラウンの髪。低い位置で結んだふわふわのツインテール。ネクタイはゆるめていて、ひらけた首元には細いネックレスがきらりと輝いている。


 顔は小さく、ギャルっぽさもありつつ、小動物のように愛らしい。体型は小柄で華奢だけれど、女の子らしい丸みを帯びていて、綿菓子みたいに柔らかそう。


 七海さんが綺麗と可愛いの中間なら、この子は可愛いに全振りしている。何かお願いされれば、だらしなく口を緩めて、しょうがないなあ、と言ってしまいそうな美少女だ。


「ん? どうした高良? 私の顔に何かついてる?」


 誰か探るつもりが、つい見惚れてしまっていたことに気づき、俺は慌てて取り繕う。


「い、いや、何もついてないよ」


「ふ〜ん、ってことは、あ」


 そう言って女の子はニヤっと笑った。


「私が変わってて驚いたんでしょ」


 いや、そもそも君を知らないんだけど。そう言いたかったけれど、嬉しそうな女の子を見て、言うのが憚られる。


「え、ああ、うん、そんな感じ」


「どう? 可愛くなった?」


「えと、そりゃ可愛いとは思うけど……」


 女の子は頬を染め「やた」と小さくガッツポーズをした。


 心が痛む。余計、知らない、と言いづらくなってしまった。


 いや、言おう。取り返しがつかなくなる前に言うべきだ。


「ごめん、実は……」


 その時、都合悪く、始業開始の鐘が鳴った。


「あ、じゃあ高良、またあとで! お弁当作ってきたから一緒に食べよ!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 俺の声は届かず、女の子は教室を出て行ってしまった。

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