カチカチカチカチカチカチカチ。

 カチカチカチカチカチカチカチ。


 マウスのクリック音が部屋に響く。


 私、七海朝日は必死に更新ボタンを押していた。


 検索欄には、気やすい、優しい、楽しい、わかってくれる、の文字が並んでいる。


「何で、何回押しても、こんな記事しか出ないんだよぉ」


 トップヒットは『恋に落ちた理由ベスト4! あなたはどれに当てはまる?』とかいうふざけた記事。開いてみると、誰だかわからない外国人の男女が抱き合っている画像が現れて、うさんくささが半端ない。スクロールすると、『ラブリーミラクル編集部が女性1434人に聞いた恋に落ちた瞬間をまとめました』という文章が出てくる。


 ラブリーミラクルって名前に決める前に誰か止めなかったのだろうか。1434人なんて中途半端な数字でなぜ書いたのか、1500まで粘るか、1000で区切るべきではなかったのか。色々、思うところはあるが、記事の内容のせいで気にしてる余裕がない。


 4位、私に優しくしてくれた


 3位、気安く何でも話せた


 2位、私のことをわかってくれた


 1位、一緒にいて楽しい


 何度見ても、顔が熱くなる。


「もう!! なんで!!」


 異常に恥ずかしい! どれか一つに当てはまるならわかる! だけど、ランキング全て独占ってどういうこと!?


『あ、逃げた。まあいいよ、私も、気やすくて、優しくて、楽しくて、わかってくれる人との友達のなり方をググってるから』


 転校生に言ったことを思い出して悶える。


 澄ました顔して何を言ってるんだ私は!? 何平然と、恋に落ちた理由を語ってるんだよう!


 うぅ、恥ずかしぃ。どんどん顔が熱くなっている。


 どうしてこんなに気にしてしまうんだろう。記事の通り、私、恋に落ちたのかなぁ。っていやいやいやいや、こんな胡散臭い記事を信じる方がどうかしてる。他の記事を見よう。


 そう思って、ブラバして検索結果に戻る。どのサイトの文字も赤に変わっている。下のページ数も、1〜10全て真っ赤だ。


 全部、恋に落ちた理由とか、そんなんだった。だから現実逃避に更新ボタンを押していたことを思い出す。


 ま、まだ、恋に落ちたとは、決まっていない。検索結果がなんだ。所詮はネットの情報、全て嘘の可能性もないではない。こちとら、16年経っても初恋がまだな恋愛弱者だぞ、たった、一、二時間で落とされてたまるか。


 変なプライドが刺激されて、反抗心が湧き上がる。だが……


 じゃあ、友達になれば良かったじゃん。


 冷静な自分に殴られて、崩れ落ちる。


 そうなのだ。別に恋愛的な意識がなければ、友達でいいのだ。素で接すことができて、一緒にいて楽しい友達。まさに理想の関係と言い切っていい。


 でも、転校生に友達になってくれ、と頼まれた、あの時、あの瞬間において、どうしようもない切なさを感じた。それはどうしてなのかはわからない。だけど、友達という関係に落ち着くのは、はっきりと嫌だと思った。


 やっぱり、好きなのかなぁ。


 恋愛経験がなくてわからない。普通に考えれば、好きと呼ばれる類の感情なのだろうけど、サイトの情報に引っ張られただけのような気がする。


 わからない。こういう時は、一から省みるべきだ。


 転校生を意識したのは、彼が転校してきた初日。見た目も何もとりとめて特徴がない彼は、どこか居心地のいいような空気を纏っていた。なんと表していいのだろうか。手近なファーストフード店のように気やすくて、ジャズが穏やかに流れる喫茶店のような落ち着いた雰囲気。


 あ、この人なら私でも受け入れてくれそう。ちょっと失礼だけど、そんな感想を抱いた私は、早速彼に声をかけた。よろしく!と挨拶した私に、彼も、よろしく、と普通に返してくれた。何の変哲もないやりとりだったけれど、彼の目が揺らいでいて、私のこと苦手か、と感じた。そして図々しくも、都合がいい、と思った。素の私が男性に勘違いさせる可能性があることは自覚していて、苦手ならそれはないだろうと考えたのだ。


 一刻も早く、転校生と素の私で接したい。そう思った私は、転校生と二人になれる機会を窺うようになった。すると、下北さんに冷たくされ、いいように使われている姿が目に入った。


 気分は良くなかった。正直、最悪だった。だけど、止めはしなかった。だって下北さんと接する転校生の目には、希望が浮かんでいたから。


 どうしてこの人はここまで下北さんに拘るのだろう。そんなことを思いながら、転校生と二人になれる機会を窺う日々を過ごし、今日の放課後に至る。


 教室で下北さんに怒鳴られ、もう話しかけない、と言った転校生を私は追いかけた。ようやく二人になれる、と言うよりは心配だった。


 で、追いかけたまでは良かったんだけど……。


 結局、そのあと、慰めるとか、そういったことはできなくて、転校生の空気に絆されて素の自分で接しちゃったんだよなあ。本音も全部言っちゃったし。一応、転校生が抱え込まないように事情も聞いたけど、それじゃあ何の解決もしていないし。むしろ、転校生が見下されてることが嫌、って、わがまま言っちゃったわけだし。


 ……ってあれ? もしかして私、ヤバい女になってない?


 冷や汗が出る。


 落ち込んでる子、しかも自分のことを苦手としている子。その子にいきなり素の私を受け入れてって言い寄って、見下されてる君が耐えれない、なんて我が儘を言って。なおかつ、友達になろう、と言っておいて、秒で心変わりして、友達にはなれない、と逃げる。


 血の気がひいて、頭を抱える。


「好きな人にヤバい女って思われるのキツすぎるよ!!」


 自然に出てきた言葉で気付く。


 やっぱ好きなんじゃん!

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