ゃだ(1-3)

「好きだから」


 一瞬時が止まったような感覚を覚えた。が、少しして七海さんが口を開いて、時の流れが戻る。


「冗談。これが私の素なんだよ。こういうことしてるのが純粋に楽しい。あざとくして、人の反応を楽しむ、とかじゃなくて、ただ単にノリとして好きなんだ」


 七海さんはどこか遠い目をして続ける。


「だからさ、素の私を受け入れてくれるんじゃないか、と思って、転校生を遊びに誘った」


「それがコンビニで言ってた裏?」


「まあね〜」


 七海さんが遊びに誘った理由がわかった。素で接していい人間かどうか、見極めたかったのだろう。だけど、他の人ではなく俺を誘った理由はわからない。


「どうして俺を選んだの? 七海さんは人気者だし、友達も一杯いるよね? その中の誰かじゃダメだったの?」


「だめなんだよなー、それが。もう高一の六月。入学当初に処世術で作ったキャラを、本当の七海朝日だ〜って、皆信じきってる。そこに、実は私はこんなですよ〜、って言いづらくない?」


「言いづらいとは思うけど、友達なら受け入れてくれるんじゃないの?」


 七海さんは「うーん、それは迷ったんだけど」と前置いて、問いかけてきた。


「本当にそう思う? 私じゃなくて、七海朝日の友達になろうって子だよ?」


 七海さんの言葉の意味がわかる。取り繕った七海さんと友達になろうと思った子が、あざとい素の七海さんと友達になろうと思えるかどうかはわからない、ということだろう。


「それはまあ、あざといとこを見せるのはやめたほうがいいかもなあ。受け入れてくれる子は限られるだろうし」


 七海さんは目を丸くした。


「驚いた。本当の自分を受け入れてくれないなら、そんなの友達じゃない、とか言われると思った」


「いやいや。形はどうあれ、友達は友達。七海さんが友達のことを大切に思ってることは伝わってきたし、それを友達じゃない、なんて、とてもじゃないけど言えないよ」


「どうして私が友達を大切にしてるってわかったの?」


「友達じゃない、って思ってたら迷わないだろ。迷っているってことは、関係が切れることを恐れてるってことじゃん。別に友達のことがどうでもよかったら、割り切って表面状の関係を保とうとするか、嫌われてもいいから素の自分を見せてるんじゃない?」


「転校生、もしかして本当は高校生!?」


「ボケが難しい! 多分、名探偵?って意味合いでしょ! 薬飲まされて小さくなった人に言う台詞であって、普通に高校生に言っても、そりゃ高校生ですってなるだけだから!」


「あはは!!」


 七海さんは声を出して笑ったあと、笑い泣きしたのか目元を拭う。


「転校生にツッコマれて気持ちよくなっちゃった」


「それはもはや、おっさんだよ」


「こんないい身体してるのに、おっさんだと思う?」


 そう言って七海さんは、ワイシャツのボタンを開け、胸元を見せるように近づいてきた。


「それは痴女」


 七海さんはカラカラと笑った。


「あーなんだろう。凄く楽しい。ほんとは、ここまでやるつもりなかったのになー」


「やるつもりなかったんなら、しないで下さい」


 七海さんは悪戯っ子のような顔で、甘く「やだ」と囁いてきた。


 俺はため息をつく。


「もし俺が勘違いしたらどうするつもりなんだよ」


「転校生は私のこと苦手だからしないでしょ。それも相手に転校生を選んだ理由の一つなんだぁ」


 どうやら俺が七海さんのことを苦手としていることはバレていたようだ。まあ、あんだけ拒否ってたら誰でもわかるか。


「でも、本当、転校生を選んでよかった。本音も話しちゃったし。もしかして、ドリンクに自白剤でも混ぜた?」


「俺は何もしてないから、元から入ってたんじゃない?」


「そっか、じゃあはい」


 そう言って、七海さんは飲んでいたドリンクをつきつけるように差し出してきた。


「今度は君の番。どうして下北さんにこだわってたの?」


 顔が引きつる。考えないようにしていたことが、急に思い返される。


 自分に深入りされることに拒否反応を起こし、何でもない、と流そうとした。だが、声が出ない。綺麗な瞳に見つめられて、逃げられない、と感じる。それでいて、吐いて楽になりたい、と甘えたくなる。


 1分、2分、と無言の時間が続き、七海さんに負けたのか、自分の弱い心に負けたのか、俺はペットボトルを受け取った。


「自白剤もらうよ」


 ほのかな甘味と柔らかな酸味、スポーツドリンクの味はただただ優しい。ペットボトルを七海さんに返して、俺は口を開いた。


「俺と下北は幼なじみで———」


 俺は今までの経緯を話した。特別な幼馴染みだったこと、昔に戻りたくて命令を聞いてきたこと。全てを洗いざらい吐いた。


「好きじゃないなー」


 七海さんは遠くを見ながらそう言った。


「好きじゃないって?」


「下北さんは転校生に、陰キャが話しかけてくんな、って言ったんでしょ? それってさ、転校生を見下してるわけじゃん。しかも、転校生の人となりじゃなくて、立ち位置で馬鹿にしてる。たかだか同じ高校生で上下なんてないのに」


「七海さんは正しいと思う。でも俺は、下北も正しいと思う」


 七海さんは意外そうな顔をした。


「どうして?」


「七海さんの言うように、本当は上下なんてないのかもしれない。でもさ、実際にあると思っている人がいる以上、それはあるんだよ。ハートマークだって、ただのへんてこな絵に過ぎないのに、愛だの心臓だのを意味するじゃん」


「う〜ん、裸の王様的な? 透明な服なんてないのに、あると認める人が多ければある、みたいな?」


「裸の王様は無いと気づいて恥をかくんだけど、まあそんな感じ。本当のあるなしなんて関係なしに、ある以上は、それを気にするのが正解だからさ」


 七海さんは煮え切らないようで渋い顔をした。


「でもだからって、転校生を傷つけていい理由にはならなくない?」


「どうなんだろ? 下北は下北で自分を守ろうと必死なだけで、傷つけようとする意図はなかったと思うけど」


「あーもう、焦れったい。もっかい飲め〜」


 七海さんはペットボトルを開けて、ぐい、と口に押し付けてくる。仕方なく俺は受け取って飲む。


「転校生は馬鹿にされたままでいいの? 私はやだよ。本音を語れるくらい気安くて、素で接しても付き合ってくれるくらい優しくて、私のことをわかってくれて、会話してても楽しい人が、見下されてるのは耐えられない」


「いや、気安くも、優しくも……」


「こんだけ付き合っておいてそれは通らない、というか、気安いも、優しいも、楽しいも、わかってくれてるも私が感じたことだから否定できないよ」


 それは……そうなのかもしれない。自分がどう思っていようとも、七海さんが思ったことが真実なのだから否定はできない。


「それで、転校生は本当に馬鹿にされたままでいいの?」


 正直、仕方ない、という思いがほとんどだ。友達を作っていないのは俺の責任だし、下北との付き合い方ももう少しあったのではないか、と思う。だけど、僅かに燻る思いがある。


「本音を言うと、悔しいよ。ただ昔みたいに仲良くなりたかっただけなのに、どうしてここまでされなきゃいけないのかって思う」


「じゃあどうしたい?」


「見返したい」


 七海さんは聞きたかった言葉が聞けたようで、にっこりと笑った。


「それなら私と友達になろう」


「なんで?」


「友達がいなくて馬鹿にされたんだから、友達ができれば見返すことができるよね? そしたら転校生が見下されないだろうし!」


「ええ……」


「何、ご不満?」


 七海さんはぷくっと膨れた。


 そんなことされても、不満といえば不満だ。まず友達になることのハードルが高い。七海さんは学園のアイドル、そして俺は女子にキレられた陰キャ。仲良く接すれば、陰キャが七海さんに、と周囲から反感を買うだろう。加えて、仲良くなって苦手意識が克服されれば、あざとく迫られた時、恋に落ちてしまうかもしれない。幼馴染みへの一方的な思いが破れた今、再び一方的に想うことになるのは、きついものがある。


 でも一方で、見返すには七海さんと友達になるしかない、とも思う。ただ友達を作っただけでは、下北は、そうなんだ、くらいにしか思わないだろう。だが、学園のアイドルと友達になれば、俺があの七海朝日の友達になるなんて、と思うかもしれない。それにそもそも、女子にキレられた陰キャの友達になってくれる子なんて、七海さんしかいない気がする。


「ちょ、ちょっとトイレ」


 考える時間が欲しくて席を立つ。


「あ、逃げた。まあいいよ、私も、気やすくて、優しくて、楽しくて、わかってくれる人との友達のなり方をググってるから」


 そんな声を背に、トイレへと向かった。


 手洗いの鏡前に立ち考える。するとすぐに答えは出た。


 陰キャの自分が七海さんと友達になれば、他人にどう思われるか。なんて、下北と同じ思考じゃないか。それで傷ついたくせに、同じことをしようとしていたなんて、自己嫌悪で吐き気がする。


 それに惚れるのが怖いなんて、よがったことを考えるな。七海さんは、見下されてるなんて耐えれない、とまで言ってくれた。そんな人が自分を求めてくれているのだから、応えなければ男じゃないだろ。


 俺は走って七海さんのところへ向かう。まだベンチに座っていた七海さんは顔を真っ赤にして、食い入るようにスマートフォンを眺めていた。


「七海さん」


 七海さんはびくっと軽く飛び上がって、顔を向けてくる。


「は、はひっ」


「俺と友達になってください!」


 俺は頭を下げ、手を差し出した。


 友達の握手。だが、いくらたっても握りかえされることはなく、俺は顔を上げた。


「七海さん?」


「ゃだ」


「え?」


「友達はやだ!!」


 そう叫んだ七海さんはぴゅーと走り去っていき、自動ドアにぶつかりながらゲームセンターから出て行ってしまった。


 なんで?

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