あざといがすぎる(1-2)
古びたゲームセンター。薄暗い照明の下、ゲーム筐体のオーケストラが煩雑な音を奏でる場所。学校が終わって間もないこの時間だからか、客は俺と七海さんしかいなかった。
「よっ」
七海さんは、バスケゲーム筐体の坂を転がってくるボールを、次々とゴールに放り投げる。汗か、濡れた制服から弾ける水滴か、それともキラキラのオーラか。どれだかわからないけれど、七海さんが煌めいて見えた。
「いえい! ランキング入り!」
ゲームが終わると七海さんはハイタッチを求めてきた。手を少しあげると、パチンと手を合わされる、だけでなく、恋人つなぎのように指を絡めてきた。手が離れても、小さな手の柔らかい感触が残っていて、心臓が早鐘を打ち続ける。
ああ苦手だ。どうして七海さんと遊んでいるのだろうか。
俺はコンビニでの出来事を思い出す。
***
「遊び行こーよ、転校生」
見るもの全てを虜にしそうな笑顔。だけど、虜にはならなかったので冷静に答える。
「いえ、結構です」
「ええ……。なんで? 用事とかあったり?」
「用事とかあったり」
嘘をつくと「うそつき〜」とまた頬を突っつかれた。
こんなにあざといことをするなんて、とは思うが、裏表は感じられない。これが七海朝日という人間なのだろう。つまりは、天然の男たらしなのだろう。
やっぱり、苦手だ。俺とは住む世界が違う。別世界の人間に何を話せば、どう接すればいいかわからない。
だから、自然と壁を張ってしまう。
「ごめん。七海さんみたいな人が、どうして俺を遊びに誘ってきたのかわからないし、裏があるんじゃないか、と思ってしまう」
幼なじみに拒絶されたばかりのせいで、卑屈な態度をとってしまった。気持ち悪がらせたか、もしくは苛立たせたか。そう思って顔色を窺うと、予想外にも笑みを浮かべていた。
「もちろん、裏はあるよ。でも、遊びにいかないと教えてあげない」
どこか妖艶さを感じる口調。妖精に森の奥へと誘われているような感覚を味わう。
俺を遊びに誘ったのはなぜか、そこに隠された意図はなんなのか、どうしようもなく気になる……わけがなかった。
「あ、じゃあ、いいや。それじゃ、また明日」
別に行かなきゃ関係なくね。今後、接することもないだろうし。
踵を返した瞬間、シャツをギュッと掴まれる。
「いやいやいやいや!! ちょっと待って!!」
七海さんの必死さに怖じけて、声がうわずる。
「ひぃ! な、なんだよ、急に!?」
「行こうよ! そんな嫌がらなくてもいいじゃん!」
「やだよ! 何かあるんでしょ!? 自ら進んで罠にかかりたくはないって!」
「嘘! ほんとは何もないから!」
「怪しさがすごい増したんだけど!?」
「じゃあはい!」
ワイシャツのネクタイをぐいと引っ張られる。首が下がり、七海さんの顔が近づく。
「つっついていいから」
嘘つき〜と頬をつっつかれたことを思い出す。それと同じことをして良いと言っているのだろう。
十数センチの距離で見る七海さんの顔。透き通るような綺麗な肌に、潤んだ瞳。頬は軽く上気していて、艶かしいピンクの唇が目に入る。
胸の内がざわざわとそわつき、よくわからない痺れが指先まで走る。
これは不味い。何が不味いのかはわからないけれど、そう思った俺は降参した。
「わかった、遊びに行く。その代わり離してください」
七海さんは笑ってネクタイからぱっと手を離した。
***
どうして七海さんは遊びに誘ってきたのだろうか。
来たからには、どうしても気になってしまう。だけど、七海さんが楽しそうにしている姿を見ると、尋ねるのは無粋な気がして躊躇った。
結局聞けず仕舞いのまま、バスケのゲームの後、シューティングゲームだったり、カーレースのゲームだったり数機種遊び、一、二時間ほど経過した。外を見ると、すっかり暗くなっていて、店頭のライトが焚かれている。
「ちょっと休もうよ」
七海さんが自販機前のベンチに腰掛けた。
俺は、スポーツドリンクを二本購入し、一本を渡してから、少し距離をあけて座った。
「ありがとう」
財布を取り出そうとした七海さんを止める。
「いや、いいよ」
「そっか〜。じゃあ、美味しく飲むね〜」
七海さんは、スポーツドリンクに口をつけ、ゴクゴクと喉を鳴らした。この飲み物のCMか、と思うくらい絵になっている。清純で、尚且つ色っぽい。七海さんの美少女力には、ただただため息が出る。
視線をそらして、自分のスポーツドリンクを飲もうとしたその時、手を重ねられた。
「転校生の指、長くていいね。さっきも触ったけど、もいっかい触っていい?」
「いやもう、触っているんですが」
「ほんとだ」
そう言って、にっ、と笑顔を向けてくる。
あざとい。あざといがすぎる。
今までスルーしてきたけれど、これ以上は心臓に悪い。
「あのさぁ、七海さん」
「ん?」
「ほぼ初対面の俺が言うのも何だけどさ、そういうの止めた方がいいよ」
七海さんは手を放して、かすれた笑い声を上げた。
おかしな反応に俺は表情を窺う。七海さんは、冥色に飲まれた夕焼け空のような寂しげな笑顔を浮かべていた。
「やっぱり、そう思う?」
「うん。男には勘違いさせるし、女子からは良く思われないんじゃない?」
七海さんは寂しげな笑顔を浮かべたまま「だよねー」と言って俺の目を見てくる。
「だから私、転校生以外にはしてないんだ」
まじまじと見つめられてそんなこと言われると照れる。ほんと、あざとい。
俺だけに、と思ったが、いやいや、と首を振る。七海さんが友達相手に近い距離感で接している所を見たことがある。
「嘘でしょ。教室で友達と接してるとこ見ても、距離感ないなあ、って思うことあるよ」
「本当にそうかな? もし転校生にしたようなことを誰かにすれば、もっと騒ぎになると思わない?」
たしかに。転校してきて一週間で、学校のアイドルである、とわかるくらいに有名な七海さんのことだ。もし、こんなにあざとい事をしてる姿を見られれば、男女各方面から大きな反応があるにちがいない。
でも、俺はそんな反応を見ていない。ということは、あざといことを人前でしていないことになる。学校で俺が見たスキンシップも、よくよく思い返せば、軽いものだったような気がする。
「……そうかもしれない。でもさ、だったらどうして、俺にあざといことをしてくるんだ?」
「好きだから」
一瞬時が止まったような感覚を覚えた。
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