仲が良かった幼馴染みから冷遇された俺は超絶美少女達と仲良くすることにしました

ひつじ

本編

あんたみたいな友達もいない陰キャが話しかけてこないで!(1-1)


 放課後の教室。幼馴染みの下北栗香はヒステリックに叫んだ。


「あんたみたいな友達もいない陰キャが話しかけてこないで!」


 教室にはまだ数人残っている。人目を気にすることができない、というよりは周りにアピールすることが目的だろう。


 もう流石に、仲良くはできない、か。


 そう思うと、自然に頭を下げた。


「ごめん、もう話しかけない」


 クラスメイトからの奇異の視線を背に教室を出た。


 廊下を歩きながら、幼き頃の約束を思い出す。俺が引っ越す前、涙ながらにした約束だ。


『絶対に帰ってきて!!』


『うん! 絶対に帰ってくるから!』


 俺と下北は、小学生の時によく遊んだ仲だった。放課後は常に一緒にいたし、互いの家に入り浸っていた。お花見、夏祭り、雪遊び、思い出の中には、いつも下北がいた。


 中学になって離れても下北と過ごした時間は色あせず、むしろ、今の生活が空虚に思えるほど、思い出は美化されていった。


 季節は巡り、高一の春。両親が離婚し、俺は母方の実家に引き取られて、この街に帰ってきた。そして、一週間前のこと、転校してきた高校、それも同じクラスで下北と再会を果たした。


 偶々だった。奇跡だと思った。運命、という言葉が頭をよぎった。


 だから俺は嬉しくて、下北に話しかけた。けれど、嬉しかったのは俺だけのようで、彼女は冷め切っていた。何を話しかけても、あっそ、ふーん、へえ、じゃ、などと、淡白な回答しか返ってこなかった。


 それだけだったら、まだよかった。


『ジュース、買ってきてよ』

『友達とご飯食べたいから机かしてくんない?』

『移動教室だから席取っといて』


 下北は俺を小間使いにし始めた。


 どうしてそんなことになったか、その理由は簡単。いわゆる、彼氏がいるから格上、みたいな感じ。下北はコミュニティ内で優位に振る舞うために、言うことを聞く男子を従えている、というポジションを確立したがったのだ。


 下北の言うことを聞いても何にもならない。そんなことはわかっていた。命令を聞くたびに、嘲笑われていたのも知っていた。それでも、昔のような関係に戻りたくて、従順な奴隷になってでも繋がりを保とうとした。


 だけど、流石に馬鹿じゃない。これ以上、この関係を続けても無意味だと理解していた。だから今日、ちゃんと話す機会を設けたくて、一緒に帰ろう、と話しかけた。


 その結果が、『あんたみたいな友達もいない陰キャが話しかけてこないで!』という拒絶。


 俺は下北と仲良くなることに必死で、他の関係を築こうとしなかったため、友達がいない陰キャとなっていた。そんな俺に、一緒に帰ろう、と話しかけられて下北はうざがったのだろう。陰キャと仲良くしてるところを見られて、他の子になんて言われるか、という風に。


 そう考えると、俺が悪いように思う。


 下北のコミュニティはクラスで2番目。上下の関係を最も気にする位置。下北の事情も考えず、ただ仲良くしたい、って近づくなんて、ストーカーと変わらないじゃないか。思いやりのかけらもない、人以下の獣だ。


 自らの過ちに気づけてよかったのかもしれない。ただ、気づくには遅すぎたのかもしれない。


 あー、つらい。明日からどんな顔をして学校にいけばいいのだろう。へえこら奴隷生活を送った挙句、話しかけてこないで、とキレられる男に周囲はどんな反応を示すだろう。


 ……考えたくない。ただただ憂鬱だ。


 重い足取りで校門を出る。


 空を見ると、重苦しい灰色の雲が垂れていた。湿度は高く、じとじととしていて、ワイシャツの下にきたTシャツがべたつく。今日一日、豪雨が降ってはやんでを繰り返していたため、アスファルトからは雨の匂いがする。


 雨、降らないといいけど、と思った矢先、ぽつぽつと雨が降り始めた。


 最悪だ。近くのコンビニめがけて走り出す。少ししてバケツをひっくり返したような豪雨が降り出した。


 大雨の地面を叩く音の他に、地面を蹴る足音が背中に届く。誰かが後ろを走っているのだろう。


「肺きっつい! 雨除けになって!」


 雨音に負けない、よく通る綺麗な声だった。耳をこそぐられるような心地の良い声質。胸がきゅうとなる甘さもある。


 この声の主が誰か知っている。


 だからこそ俺は足を止めない。それに『雨除けになって』と声をかけられるのは、シンプルに怖い。


「ひっど!」


 そんな声を背にしてコンビニに入る。制服に目を落とすと、濡れてはいるが、ベタベタにはなっていない。ギリセーフといったところだろう。


 慌ただしい足音が外から聞こえてすぐ、ウイン、と自動ドアが開く音が鳴った。


 トイレに逃げ込もう。


 雑誌コーナーの前を通っていると、ワイシャツを掴まれた。色々と怖い。


 俺は恐る恐る振り向く。


 濡れて光沢を放つ黒のショートカット。ぷっくらした形のいいピンクの唇。乳白色の肌に、長い睫毛大きくてつぶらな瞳。少し低い背丈に、メリハリがあってしなやかな体躯。制服からすらりと伸びた艶かしい手足。


 何より、圧倒的なキラキラ感。部活に汗を流しても、恋に四苦八苦しても、ただ普通に友達と喋っているだけでも、一枚の絵になる美少女。アオハルという言葉は彼女のためにあるんじゃないか、と思わせてくるような、理想的女子高生。


 間違えようがない、ワイシャツを摘んでいたのは、クラスメイトで学校のアイドル、七海朝日だった。


「ねえ、なんで逃げた?」


 眉はハの字につりあがっているのに、目は笑っている。


「別に逃げてなんかない……です。雨が降ってきたので、コンビニまで走っただけです」


「私を無視して走った、それはいいんだ。問題はそのあと。トイレに逃げ込もうとしたよね?」


「そんなこと……ないよ?」


 七海さんは、にひっ、と笑って、濡れた人差し指で俺の頬をつっついてくる。


「うそつき〜」


 耳がとろけるような甘い声を聞いて、汗が出てくる。


 距離感ってものを知らないのだろうか。相当仲良くないと、そんなことしたら引かれるよ。


 そう思うが、実際には引いていない。むしろ、七海朝日という美少女のみに許される御業に心臓が跳ねた。


 ああ、陽キャがすぎる。


 七海朝日、彼女が学園のアイドルたる理由は容姿だけではない。この距離感を感じさせない性格が男女問わず人気なのだ。


 ただ眩しすぎて苦手だ。転校初日に話しかけられた時も、水と油が交わらぬように、この人とは関わることないだろうな、と思っていたし、あんまし関わりたくないなあ、とも思っていた。


 だから逃げた。現在、それを咎められている最中だけれど、今すぐ逃げたい。それに、ずっと固執してきた幼なじみと決別した直後なのだ。今はまともに話せるような気分も、体力もない。


「ごめん、正直逃げた。今も逃げたいと思う。それじゃ」


 入り口に向かって歩くと、シャツを引っ張られる。七海さんを見ると、晴れた夏空のように爽やかな笑顔を浮かべていた。


「遊び行こーよ、転校生」


 気づけば、ゲリラ豪雨は止み、外は明るくなっていた。

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