第19話 魔王子様はすごい

 どうしてこうなった。

 いやある程度は予想していた。

 ガウル様が複雑な気持ちでボクを見ているのはわかっていた。

 だからなにかしてくるかもとは思っていた。

 でも…

 

 宴が終わり会議は翌日の昼からとなっていた。

 そして翌日の朝、みんなで食事を摂っている時にアイが

 

「パパ、ママ。ウチ、これからはここで暮らすね。御義父様、御義母様。これからよろしくお願いします」

 

「「「え」」」


「御義父さん?」

 

「御義母さん?」

 

 父アスラッドと母エリザは自分を指さし互いを見つめてそういう。

 そしてプルプルと震えていたガウル様が叫ぶ。

 

「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だダメダメだ~!」


 おおう。

 強面のオッサンが涙ながらに叫ぶ姿ってなにかクるものがあるな…。

 

「アイ、お前はまだ五歳だぞ!いくらなんでも親から離れて暮らすには早すぎるだろう!」

 

「あら、運命の人が見つかったらその人と一緒に暮らすってちゃんと言っておいたじゃない」

 

「だが…いくらなんでも早すぎる!アスラッド達だって急にそんな事言われても困るだろう!な!?」

 

「いや?わしはかまわんぞ?なあ?」

 

「ええ。私も構わないわよ。アイちゃん、かわいいし」

 

「おいいいいいいいいいい!この裏切り者!」

 

「裏切るもナニも。昨日話したじゃないか。二人が望むなら婚約者として認めようって」

 

「そうだが!そうなのだが!あれ所詮は婚約にすぎんいずれ気が変わることもあると思って渋々認めただけだ!アリーゼ!お前も何か言ってやれ!」

 

「いや、私も婚約には賛成したじゃないか。確かにまだ五歳だし早すぎるようにも思うが、好きな相手と一緒にいたいと思うのは当たり前だろう。これっきり会えなくなるわけでもない。素直に娘の幸せを願ってはどうだ?」

 

「グ!ググググググゥゥゥゥゥ!」

 

「ジュン、君はどうだ?アイと共に暮らしたいか?」

 

「え?」

 

「なんだ?なにか不満なのか?まさかアイに不満でも?」

 

「アアン?てめえアイが不満だとう!?」

 

「いえ!不満など決して!」

 

 そんな二人して獰猛な獣のような目で…。

 特にガウル様、あんたさっきまで反対してましたやん。

 

「そうか。ならば問題あるまい。聞けばジュンは非常に優秀だそうじゃないか。最初見た時は女かと思ったがな。大人になればいい男になりそうだ」

 

「ヌグググ!ウガアアアアア!」

 

 女顔なのは気にしてるんですからやめてください。

 ガウル様はまだ納得できずに叫んでいる。

 とゆうかボクもすでに婚約者になることが認められているなど初耳だ。

 早くない?実際問題。

 

「あの、アイはダルムダットの第一魔王女なんですよね?それがいきなり他国に住むって実際、大丈夫なんですか?」

 

「問題ない。他国とは言ってもアスラッドは私の弟。つまりここは私の実家だ。他人の家に預けるわけではない。それに今回は連れてきていないがアイには弟がいる。私達の長男で1歳になったばかりの魔王の紋章を持った子がな。ジークという。跡取りの問題もないからなにも問題はない」

 

 弟がいたのか、初耳だ。

 まだ五歳だということを除けば確かに問題はなさそうだ。

 その五歳だということもガウル様以外は問題にしてない以上

 これはもう決まりかな…。

 チラッとアイを見るとすごい御機嫌な顔をしてる。

 反対にユウはすごい不機嫌だ。

 

「おい!ジュン!俺と勝負だ!戦え!」

 

「は?いきなりなんです?」

 

 まだ納得してないようだしおかしなことをいいださきゃいいなとは

 思っていたけどやっぱり言い出した。

 でも勝負って。

 八歳の子供に勝負って大人げなくない?

 しかも戦えって。

 バトルする気か。

 

「おい、ガウル。子供相手になにを言い出す」

 

「今回ばっかりは引かんぞ!いいか、アイを預けるからにはアイを守れるくらい強くなくては話にならん!俺と戦って勝てるくらいでなければな!」

 

 そんな無茶な。

 娘を獲られそうな脳筋な父親としてはありがちな反応だと思うが

 何度も言うように見た目はまだ八歳な子供のボク。

 そんな子供に何を言い出すのやら。

 

「大丈夫だよパパ。ウチは強いもの」

 

「確かに。アイは先見の紋章だけでなく、五歳にして拳士の紋章を獲得している。自分の身くらい自分で守れるだろう」

 

 そうだったの?

 アイを見るとドヤ顔で両掌に拳士の紋章を出して見せてくる。

 流石、前世では天才と言われた空手家。

 五歳にして紋章獲得とは末恐ろしい。

 

「だがダメだ!こればっかりは譲らん!俺に負けたらアイのこは諦めてもらう!いいな!」

 

「「「ハァ」」」

 

 大人達が一斉にため息を吐く。

 あきらめたようだ。

 てゆうかこの人と戦うなんて無事ですむのだろうか。

 

「安心しろ。殺しはしない。」

 

「「「当たり前だ!」」」

 

 ガゴン とアリーゼお姉ちゃんに殴られるガウル様。

 殺しはしないと言ってるけどその殺気混じりの目ではとても信用できません。

 

「それにハンデはくれてやる。そうだな。俺は紋章の力は使わない。身に着けている魔法道具の類も外そう。それでいいだろう」

 

 なんかもうやらないといつまでも納得しないだろうし

 仕方ない…。。

 

「わかりましたよ・・・」

 

 とゆうわけでボク達は兵士たちが使う練兵場に集まっている。

 ギャラリーも一杯だ。

 なんだか賭けをしてる人までいる。

 楽しそうだね、君達…。。

 

「すまんな、ジュン。うちのバカのせいで」

 

「いえ…。娘を想う気持ちというのは理解できなくはないので」

 

 前世でも親バカな人はいたし話には聞いていた。

 少しひどいとは思うが父親とはああいうものなのかもしれない。

 

「ほう?子供なのに随分大人びた事をいうじゃないか」

 

「そうですかね?」

 

「ああ。アイも五歳とは思えないほど大人びているがな。お似合いな夫婦になりそうだ、お前達は」

 

「ハハハ、そうですか…」

 

 話を聞いてますます怖い顔になるガウル様。

 その横で嬉しそうにするアイ。

 ますます不機嫌に…いや、もはや泣きそうな顔になっているユウ。

 どうしたものやら。

 

「じゃあ始めるか。いいか!勝負はどちらかが参ったと言わせるか戦闘続行不能なった場合、あるいは審判が勝負はついたと判断した場合に決着がつくものとする。審判は私、アリーゼが務める。異論はないな」

 

「おう」

 

「はい」

 

 さて、どうするか。

 これまで魔法の訓練は続けてきたから魔法にはそこそこ自信はある。

 体力トレーニングは続けてきたが体術や武器を持った戦いはまだ触り程度だ。

 ここはやはり魔法でなんとかするしかない。

 だけど相手は魔王。

 ハンデ有とはいえどこまで通用するものか。

 

「では、始め!」


 まあ、なんとかなるか。

 そんな事を考えているうちに勝負が始まった。

 

「おらぁあああああ!」

 

 と、開始と同時に突っ込んできて殴り掛かってくるガウル様。

 どうやら見た目通りのパワーファイターらしい。

 

「死ねい!」

 

「ちょっと!死ねって!殺さないんじゃなかったんですか!」

 

 必死に避けながら魔法を使う準備を続ける。

 てゆうか怖い。


「やかましい!安心しろ大怪我をしても高価な魔法薬を使って治してやる!だから安心して死ねい!」

 

「安心できません!」

 

 駄目だこの人。早くなんとかしないと…

 

「ジュン!ウチのために頑張って!」

 

「やってしまえジュン!なんなら逆に殺してしまえ!」

 

「ケガしないでねジュン~」

 

「ガウル殿、子供相手ですよ」

 

 アイをは始めとしてボクを応援してくれる人達が多数。

 そんな中、ユウが

 

「ガウル義伯父様!お兄ちゃんがケガしない程度に頑張って!」

 

 えええ!

 妹よ、お兄ちゃんを応援してくれないのか。

 ちょっとショック。

 

「おいおいユウ。ジュンを応援しないか」

 

「そうよ。あなた普段はお兄ちゃんにベッタリのくせに」 

 

「だってお兄ちゃんにはまだ結婚とか婚約とか早いと思うの!ましてや同棲とか!ガウル義伯父様!いけー!」

 

 同棲て。

 確かに早いけど、他にも住んでる人がいるのだしこの場合は同居じゃないだろうか。

 

「ハハハ!妹には見捨てられたようだな!では大人しく死ねい!」

 

「いや、だから、死ねって!あっ」


 やばい、バランス崩した。

 仕方ない!

 

「もらった!」


 だが空を切るガウル様の拳。

 

「な、なに?どこへ行った」

 

 一瞬でガウル様の背後に回ったボクは続けて火の魔法を放つ。

 

「ファイアーボール!」

 

「なに!」

 

 放たれた魔法に気が付いて回避するガウル様。

 

「どうやってそこに!」

 

 驚いてるのはガウル様だけでなく観戦していたみんな驚いている。

 ボクが使ったのは空間魔法のテレポートだ。

 短い距離を瞬間移動するのがテレポート。

 一度行った場所なら遠く離れていても飛べるのがワープの魔法だ。

 ただ魔法陣無しではテレポートもワープもこの世界の人には使えないのが普通だった。

 

 魔法はイメージが重要。

 この世界の人はワープやテレポートを魔法陣無しで行うイメージが

 上手くできないのだ。

 ボクは前世で読んだマンガやアニメ等でなんとなくだがイメージできた。

 だから使えた。

 こうなるとマンガやアニメから得る知識も捨てたもんじゃないと思える。

 

「バカな!魔法陣無しに転移魔法だと!」

 

「あいつ転移魔法なんて使えたのか」

 

「すごいわ、魔法陣無しでの転移魔法。そんなことできるのきっとジュンだけよ」

 

 と、両親だけでなくボクが転移魔法を使えるのはみんなには教えていなかった。

 知っているのはユウだけだった。

 アイも昨日、再会したばかりで教えていなかった。

 やはりみんな驚いている。

 面倒なことにならないといいけど。

 

「すごいすごい!さっすがジュン!」 


「くぅぅぅ!お兄ちゃんがすごいのは確かだけど今は頑張らないでー!」

 

 アイとユウがそんな事いってるがそれに応える余裕はない。

 転移魔法は扱いが難しいしましてやいまは戦闘中。

 それに連続で魔法を発動しているのだ。

 

「くそ!魔法発動の間隔が短い!これじゃ攻撃できねえ!」

 

 ガウル様は自分でハンデとして魔法は使わないと言った。

 魔法道具も使わないと。

 なので近づけば転移で距離をとり魔法で攻撃するボクに手を打てずにいた。

 いまは避けるか拳に魔力を集中して保護し殴って迎撃している。

 それは魔法じゃないのか?と言いたくなったがやめておこう。

 怪我をされても困るし。

 

「くそお!こんだけ魔法連発して疲れてねえな!どんだけ魔力もってやがる!」

 

 ガウル様の言う通り魔力にはまだ余裕があった。

 しかもボクはまだ紋章の力を使っていない。


「しかも一発一発の威力が結構高え!魔法の発動も早えし!魔力の質も相当だな!」

 

 魔力の強さ・量・質に関しては母エリザやノエラ達にも褒められていた。

 魔力の質を見るには魔法で水を出すとわかりやすい。

 質の高い魔力で作られた水は透明度が高く不純物もなし。美味しい水になるのだと。

 ちなみにユウの魔力もなかなかのものだった。

 

「くそ!魔法を使えりゃ!」

 

 確かに魔法を使えればいまの状況を変えることができたかもしれない。

 しかし自分で言い出したことなので破ることもできない。

 あのハンデがこの致命的な状況を生み出していた。

 しかし、一発もまともに受けていないのは流石だな。

 このままじゃボクの魔力が切れるまで粘られるかもしれない。

 仕方ない。

 

「ガウル様!行きますよ!怪我しないでくださいね!」

 

「チッ!舐めるな!来やがれ!」


 ボクはファイアーボールをガウル様に向けて連続で放ち直後に反対側に転移する。

 そしてファイアーボールに向けてウォーターボールを放ってわざと空中で対消滅させる。

 

「外した?」

 

「いや、わざとだ見ろ」

 

 今、ガウル様の周りには水蒸気で煙幕ができている。

 煙幕の中心にガウル様はいる。

 そこへ煙幕を切り裂くように四方からウインドボールを放ちぶつける。

 

「ぬっ!ガッ!」

 

 初めてクリーンヒットした。

 ガウル様が怯んだ!

 ここで決める!

 ガウル様の頭上高くに転移し落下速度も会わせた蹴りを放つ。

 

「バカめ!いつか近づいてくると思ったぞ!」

 

 頭上のボクの足を掴もうとするガウル様。

 しかしその手は再び空を切る。

 

「なに!」

 

 ボクはガウル様の下に反転した形で転移する。

 そして顎先に落下する勢いそのままに蹴りが命中し

 

「ぐほっ」

 

 ガウル様が倒れる。

 

「そこまで!ジュンの勝利だ!」

 

 ワァァァァ! と歓声があがる。

 なんとかなったか。

 

「くそ!俺の負けだ!」

 

「ガウル様…」

 

「なんだよありゃ。魔法が優秀だとは聞いちゃいたがまさかここまでとはな。転移魔法に魔法の同時使用に連続発動。魔力も膨大。威力も質も高い。その歳でそこまでたあな。認めるぜ。大したもんだ」

 

「フフン。うちのジュンはすごいだろう!ガハハハハ!」

 

「フフ~ン。うちのジュンはすごいのよ~」

 

「うう、お兄ちゃん…頑張らなくていいって言ったのに…」

 

 褒める両親にうなだれるユウ。

 仕方ないだろう?怖かったし。

 

「やった!やった!さっすがジュン!ウチの運命の人!これでなんの問題もない!」

 

 アイはそう言いながら嬉しそうに抱き着いてくる。

 

「ぬううぐうううう!」

 

 それを見てまた唸るガウル様。

 そろそろ納得してほしいものだ。

 

「もういい加減諦めろガウル。勝負にも負けたのだ。もう何も言えないはずだぞ」

 

「チィ 仕方ねえ。いいかアイ。嫌になったらいつでも帰ってくるんだぞ。なにかされたら言え。殺してやるから」

 

「大丈夫だよパパ。心配しないで」

 

 ようやく落ち着いてくれたようだ。

 そこへシャンゼ様もやってくる。

 

「凄かったわ。ジュン君。本当に優秀なのね」

 

「ありがとうございます。シャンゼ様」

 

「あなたなら、きっと…」

 

「え?なんです?」

 

「いえ、なんでも。オホホホ」

 

 なんだか怪しいけどまあいい。

 疲れた。少し休みたい。

 なにせあんなに真剣に闘ったのは前世でもなかった。

 

「では、祭りは終りだ。今日は昼食の後から会議だ。それまでは自由にしてくれ」

 

「いや待て。まだだ」

 

「姉貴?」 

 

 アリーゼお姉ちゃんが父アスラッドの言葉を遮ってボクの傍にくる

 

「ジュン、次は私と戦うぞ」

 

「え」

 

 なんで?

 アリーゼお姉ちゃんはアイとの事は賛成派だったんじゃ…

 

「ちょっとママ!」

 

「いや、なに。別にアイの事で反対するわけではない。単にさきほどの戦いをみて熱くなっただけだ。ジュンと戦いたくなった、だから戦う。それだけだ」

 

 どこの戦闘民族ですか、あなたは。

 

「お父さん、止めて下さい。姉弟なんでしょ」

 

「いや、すまん無理だ。あの目になった姉貴は止められん」

 

「そうね。昔、同じようなことがあって止めようとしたら不機嫌になって暴れたものね」

 

 どんだけなんですか。

 しかも…

 

「ジュン、私はハンデなどと言わんぞ。全力で相手をしよう。お前も全力で戦うがいい」

 

「えええ…」

 

 下さいよハンデ…。

 そんな楽しそうな顔されても困るんだけどな…。

 

「ああ、こうなると完全武装で来なかったのが悔やまれるな。実におしいことをした」

 

 完全武装て。

 勘弁してくださいよ。

 どんだけバトル好きなんですか。

 

「姉貴はな…。昔から戦闘狂でな。強い相手を見ると必ず戦い挑む。旦那も自分より強い相手じゃないとダメだと言ってな。ガウルも結婚まで苦労したもんだ」 

 

「それはまた…。」 

 

 父アスラッドに母エリザ。

 アリーゼお姉ちゃんにガウル様。

 それにシャンゼ様の御両親は昔、冒険者パーティーを組んだ仲間だったらしい。

 その関係でガウル様はアリーゼお姉ちゃんに惚れて結婚に至ったわけだ。

 

「まさか子供相手でも関係ないとはなあ。少しは自重しろよ姉貴」

 

「フン。大人も子供も関係ない。強者とみれば戦わずにおれん。ましてジュンはただの子供ではない。戦わずにいられるか」

 

「はぁ、仕方ない。ルールはさっきと同じ。審判はわしが務める。いいな?」

 

「ああ、問題ない。五分後に始めるとしよう」

 

「はい…わかりました」

 

 仕方ない。やるしかないか。

 せめてどんな戦闘スタイルなのか聞こう。

 

「お父さん、アリーゼお姉ちゃんてどんな戦い方を?」

 

「うむ。姉貴は鞭と魔法を使った中距離戦闘タイプだ。だが近距離戦闘も得意だ。近づけば短剣で迎撃される。迂闊に近づかないことだ。あの通りの戦闘狂だしあまり頭を使った戦いは得意ではない。どちらかと言えばガウルのほうが頭を使うくらいだからな。直観で動くタイプだ。ただその直感は長年の経験もあって鋭い。下手な作戦はすぐ看破されるぞ」

 

 流石、戦闘狂。

 一筋縄ではいかなさそうだ。

 

「そろそろ時間だ!始めるぞ!」

 

「はい…」

 

 ああ。気が乗らない。

 一体どうしてこんな事に。

 

「では始めるか。ジュン、死ぬなよ」

 

「不吉なこと言わないでください」

 

 てゆうか死ぬ前に助けてよパパ上。

 しかしどうするか。

 相手は女性。できれば傷つけたくはない。

 わざと負けるとかしたら逆鱗に触れそうだ。

 それにユウとアイの前で負けるのも嫌だし。


「では、始め!」

 

「いくぞジュン!殺しはしないから安心しろ!」


「全く安心できません!」

 

 考えがまとまらないうちに始まってしまった。

 仕方ない魔力もまだ回復してないし考える時間がほしい。

 時間稼ぎをする!

 

「パラダイスドリーム!」

 

「む!精神魔法か!だが私には効かな…」

 

 え、精神魔法効かないの?

 と、思ったのだが立ち止まって動かなくなったアリーゼお姉ちゃん。

 武器も落として棒立ち。バッチリきいているように見えるんだけど…

 

「あ、あああああん!素敵!感じちゃうううう!」

 

「え?」

 

「「「「え?」」」」

 

 突然、胸を両手で抱え身悶えし恍惚の表情で声を上げるアリーゼお姉ちゃん。

 一体なにが…

 

「おい、ジュン。一体なんの魔法を使った」

 

「あの、パラダイスドリームという精神魔法の一つで・・・。相手にとって最高の極楽と思える幻覚を魅せる魔法です・・・」

 

「「「「ああ…」」」」

 

 その説明で大人組は納得したようだ。

 

「あの?」

 

「ああ、つまりな、その…姉貴はサキュバスなんだ。あとはわかるか?」 

 

「あ、ああ。そうですか…」

 

 つまりあの人が今見てる最高の極楽とはそういう…

 

「しかもアリーゼは普段はああでも夜は真逆のドMでな。今見てるのは恐らく…」

 

「ストップ!ガウル義伯父さん、その先は聞きたくありません!」

 

 ここには子供もいるし女性もいるんですよ!

 身内の性癖も聞きたくない!

 

「ジュン、すごい…義姉さんをあそこまで…」

 

「ジュン君、恐ろしい子…やはりあなたなら…」

 

「ママ、はしたない…でもすごい…」

 

「お兄ちゃん、すごい…」

 

 あれ!?感心してる?!

 てゆうか子供は見ちゃいけません!

 お母さんにシャンゼ様も凝視しない!


「アリーゼのやつ、今は精神魔法対策の装備をしていない事を忘れていたんだろうな。だから無防備にくらったのだ」

 

「なるほど…」

 

 あとは怪我をする魔法でもないので全力で放ったのも大きいのだろう。

 怪我はしなかったが精神的にはかなりの大火傷な気がする。

 ボクにも被害が及んでいる気がするし…

 

「と、とにかくこうなっては勝負にならんだろう。ジュンの勝ちだ。ジュン、早く魔法を解いてやれ」

 

「は、はい!」

 

「アアアアアアン!」

 

 慌ててアリーゼお姉ちゃんにかけた魔法を解く。

 やがて乱れた息を整えアリーゼお姉ちゃんに正気が戻ってくる。

 

「フ、フフフ。私の負けのようだな…完敗だ」

 

「ア、アハハ…」

 

 そして冒頭に戻るわけだが・・・お分かり頂けただろうか。

 なんだろう。勝利したというのにちっとも嬉しくない。

 今すぐこの場から逃げ出したい。

 周りからの視線がとっても痛い。

 特に兵士や使用人達の中にいる女性陣からの視線が痛い。

 軽蔑されてる気がする…

 

「お前ならアイを任せられる。流石はエリザの子だな」

 

「ハ、ハハハ…」

 

 この状況で褒められても嬉しくない。

 てゆうかこの流れで母エリザの名を出して褒めるって。

 そういえば母エリザもサキュバス。

 もしかして…いや、この件を考えるのはよそう。

 危険だ。


「と、とにかくこれにてお開きだ!昼食まで自由に!会議は昼食後だ!」

 

「うむ。ではジュンまたあとでな」

 

「はい…」

 

 みんな口々にボクに挨拶してから去っていく。

 兵や使用人達、特に女性達には目を合わせることもできない。

 ノエラやリリーが表面上は普段通りにしてくれるのが救いか。

 顔は赤いままだが…。

 

 最後に残ったのはボクとユウとアイ。

 それにノエラやリリー達使用人が数人。

 とりあえず…

 

「ちょっとベッドで枕に顔埋めて足をバタバタさせてくる!」

 

 ボクはその場から脱兎のごとく逃げ出した。

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