第18話 ゆかり・巽海斗のことが

「なんだよ、それ」

 怒ったような海斗の声に、ゆかりは震える心を懸命に立て直す。


「だって。君が困っていたところを、私が助けたから。……あるいは」

「ゆかりちゃんがおゆうさんの生まれ変わりで、俺がカイトの生まれ変わりだから?」

「わかってるんじゃない」


 相棒みたいなのにちがう。ちがうのに相棒だった。その理由は痛いほど分かった。

 ゆかりの中のおゆうが、カイトに会いたくてずっと待っていたことも理解した。

 でもゆかりの気持ちはおゆうとは別だ。海斗はカイトじゃない。そんなの関係ない。


(だって私はおゆうさんじゃない)


「昨夜、ゆかりちゃんが寝てからしずかさんと話をしたんだ」


 そこで海斗はゆかりの事情を知ったらしい。


「しいちゃんのおしゃべり」

「俺が無理やり聞き出したの。――俺さ、目指してる大学があるんだけど」


 唐突に彼が口にしたのは、ゆかりが行きたいと思っている地元の大学だ。彼が付属大学に進むとばかり思っていたゆかりは、「そ、そう」と目を泳がせた。


「ゆかりちゃんは付属に決めてるの? ここに帰る気はないの?」

「そんなわけないでしょ。帰りたいに決まってるじゃない!」


 この町が好きだ。帰りたい。


「じゃあ、俺を相棒にしなよ。そしたらここに帰ってこれる」

「でもあんたを十年も縛りたくない!」


 とっさに言い返してハッと口をつぐむ。


 相棒が必要なのは約十年だ。子ども時代から、大体大人になるころまで。なのに今の年からでは――。


「ははっ。やっとゆかりちゃんらしくなった。そういうところ、おゆうさんとは違うよね」


 斜めにゆかりを見つめる海斗の前髪がサラリとこぼれる。

 きらきら光る眼はまるで、彼が本当にゆかりのことが好きでたまらないみたいに見えて、ゆかりはぐっと心の奥から込み上げてくるものを抑えた。


「あーあ、そのクマちゃんは帰りにすればよかったな。ずるい」

「ず、ずるいって何が」

「だってそのクマ、さっきからゆかりちゃんにギューギュー抱きしめられてる。やーねー、あたし、妬いちゃうわ」

「だからなんでオネエ」


 思わずクスリと笑ったゆかりから、クマが取り上げられてしまう。


「あっ」

「後で返すから。――俺ね、あの祭りの時からずっと、これをゆかりちゃんに上げたかったんだよ。あの時はチビで下手くそで、頑張ったけど取れなくて悔しかった」


 倒れたゆかりを送った後、海斗が必死で射的に挑んでいたと知って、ゆかりは息をのむ。


「四年生の時、転校したその日に一目ぼれしてました。高校の入学式で二度目惚れしました。ゆかりちゃんの隣に立つのは俺じゃなきゃ嫌で、他の男は蹴散らしまくりました」

「うそ……」

「うそじゃない。どんだけライバルいたと思ってるんだよ。マジで大変だったんだからな。同じ委員になるのだって死守したし」


 唖然とするゆかりの前で、海斗がふっと寂しそうな顔をする。


「俺、死んだんだって思ったとき、最後に絶対ゆかりちゃんに会いたいと思ったんだ」


 本当に彼が死んでたかもしれない事実に、ゆかりの目から涙がこぼれる。

 竜神のお守りは海斗という一つの人格と肉体を守っていた。けれどそれを失ったことで憑りつかれ、結果的に竜の血も呼んでしまった。忘れたままなら普通に暮らせたはずなのに。


「泣かないで。頼む。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」

「ごめん。ごめんなさい。私と会わなきゃ」

「ほんとマジやめて! 会わなきゃよかったなんて絶対言うな! ゆかりがおゆうさんじゃないように、俺もカイトじゃない。俺は俺として、ゆかりちゃんが好きなんだよ。――もし他に好きなやつがいるなら、男らしくあきらめるけど」

「――本当に?」

「うっ。努力する。でも、相棒にはなる。そう決めた」


 大きなぬいぐるみを抱いたまま必死に虚勢を張る海斗のシャツの裾を、ゆかりはそっと摘まんだ。


「私は、海斗君の恋を応援なんてできないよ」

「え?」

「他の人が海斗君の隣に立つのは嫌」


 蚊の鳴くような声なのに海斗の体がびくりと震え、彼の喉がゴクリと音を立てた。


「それって……」

「私は海斗――巽海斗のことが好きです」


 ゆかりの告白に沈黙が落ちる。ちょうど祭囃子も途切れた瞬間、

「やった!」

 ぬいぐるみを落とした海斗がゆかりを抱き上げくるくると回った。


「あ、クマが」

「ごめん。嬉しくてつい」


 慌ててゆかりを下ろした海斗は、それでもゆかりから手をはなさずおでこをコツンとあてる。


「ゆかりちゃん。俺の彼女になってくれますか?」


 海斗の向こうに見える池から、無数の小さな光が踊るように舞い上がる。

 その中にふわりと二つの影が映った。


「海斗君、あれ」


 海斗が振り向くと、影はおゆうとカイトの姿を取る。

 おゆうがカイトを見上げた後微笑みながら口を開いた。


「かれ果てむ のちをば知らで 夏草の 深くも人の 思ほゆるかな」


(離れてしまう将来など考えないで、今はあの人を深く想う……)

 その歌がゆかりの心にストンと落ちてくる。

 何か言おうかと海斗とゆかりが身を乗り出すと同時に、カイトが竜に変化し、おゆうを乗せて高く高く舞い上がった。


「我が子らよ、自由に生きろ」


 そして、二人が消えた雲一つない空をゆかりたちは静かに見つめる。二人はこれからもゆかりたちを見守ってくれる、そんな気がした。

 おゆう達はおゆう達、ゆかり達はゆかり達だと、はっきり示してもらえたように思えた。


(うん。先のことよりも、今大事なことだけをしっかり考えよう)


 なにせ神さまのお告げなのだから。


「はい。海斗君、よろしくお願いします」


Fin

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竜神さまの言うとおり 相内充希 @mituki_aiuchi

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