第17話 ゆかり・お祭り

 昨日海斗に憑りついていた数多あまたの化け物を退治した後、嘘のように晴れ渡った空には大きな虹がかかった。


「でっかい虹だったなぁ! 竜神さまが現れたのかもって、商店街のおっちゃんが話してたよ」

 昨夜約束通り夕飯に訪れた新が、街の噂を面白おかしく話してくれる。今年の祭りは縁起がいいとの噂でもちきりなのだそうだ。


 彼が帰り際、海斗に何かを渡して囁くのが見えた。どうやら管理人がもらえる祭りのチケットを分けてくれたようだ。


「四年生のとき、おまえらろくに祭り楽しめなかったしな」

「あっくん、いいやつ」

「それを言うなら、キャー新くん素敵、カッコいい! とかじゃね?」

「それはきいちゃんに言ってもらってください。彼女なんだから」

「ははっ、たしかに」



 そしてお祭りの日。ゆかりは母たちから浴衣を着るのを手伝ってもらい、海斗と二人、少し遅い時間に祭り会場にやってきた。


「チケット、何に使おうか」


 キョロキョロ屋台を見ながら海斗が目を輝かせる。さっきまでぎくしゃくして居心地が悪かったゆかりは、それを見てホッとした。


 昨日ゆかりと海斗の見た大昔の記憶は生々しく、少しの間ゆかりは呆然と涙を流していた。おゆうの記憶は匂いや痛みまで伴い、ゆかり自身のことのように感じたのだ。


「それは忘れなさい」


 同じものが見えたのだろうか?

 しずかがゆかりと海斗の目元に手を当てるとゆかりはふっと意識を手放し、目が覚めたときには記憶は遠いものになっていた。




「あっ、射的だ。あれやろう」


 海斗が指さした先の屋台にはクマのぬいぐるみがある。昔一目惚れしたものに似た、大きな子だ。海斗がそれを取ると当たり前のようにゆかりに渡すので、ゆかりはそれを抱きしめたまお祭りを巡り、肝試しが終わった頃お社に向かった。


「もう誰もいないな」

「そうね」


 お守りの置かれていた台も片付けられていたが、岩のところに一枚のお守りが残っている。


「これは本物なのね」


 ゆかりの胸に戻ったお守りと同じ色のそれは、触れるとやはり温かい。

 毎年あったけど、誰も手に取らなかった本物の宝。いや、正確には誰にも見えなかったのだ。

 ゆかりの奥にいるおゆうが、そっと微笑むのが分かる。隣に海斗がいたから、それはゆかりの手に渡ることになったのだと。


「あのさ、ゆかりちゃん」


 海斗の声がまた硬くなり、ゆかりはぬいぐるみでさりげなく顔を隠す。彼がずっとゆかりの口元をチラチラ気にしていることには気づいていた。


(キスのこと謝らなきゃ)


 自分がしたわけじゃない。でもゆかりの意志が入ってなかったと言ったら嘘になる。だからこそギリギリで唇は外したのだから。


「あのさ。えっと、今度はちゃんと――キス、したいんだけど、駄目かな」

「駄目に決まってるでしょ」


 海斗の言葉に傷つき、ゆかりは泣きそうな顔で微笑む。


「昨日のはおゆうさんが竜神さまにしたんだよ。巽海斗にじゃない」


 またフルネームで呼ぶゆかりに、海斗も痛そうな目になる。海斗はカイトだけどカイトじゃない。ゆかりがおゆうではないように。


「うん……。そうだよね」

「そうだよ。それに君には和美さんがいるでしょ?」


 口にしたくなかった名前をゆかりが口にすると、海斗が戸惑ったように首を傾げた。混乱しているように逡巡したあと、眉を寄せる。


「どういう意味?」


 ゆかりはこっそりため息をこぼし、なんでもない顔をする。これ以上からかわないで欲しかった。


「和美さんて、巽海斗の彼女だよね?」


 ゆかりの言葉に海斗はポカンとした。


「はっ? 和美が? えっ? ゆかりちゃんの彼氏じゃなくて?」

「彼氏? 私、誰かと付き合ったことなんて一度もないけど」


 話が噛み合わずにゆかりが顔をしかめると、海斗がバチンと顔に手を当て「嘘だろ」と、天を仰いだ。


「巽海斗?」

「ゆかりちゃん違う。和美は俺の兄貴・・だよ」


 顔から手を離し、泣き笑いのような不思議な表情になる海斗を、ゆかりもまた不思議そうな顔で見上げる。


「お姉さん?」

「姉貴じゃなくて兄貴。お兄さん。俺の実の父親の連れ子だから、半分しか血は繋がってないけど」


 その言葉を咀嚼し理解した瞬間、ゆかりは大きく目を見開いた。


「えっ? 和美さんて、男性なの? あんなにキレイでカッコいいのに?」

「カッコいいは余計だよ」


 すねた顔の海斗をゆかりは呆然と見つめる。和美の姿を思い出してもまだ混乱した。


「えっ、やだ。私失礼なことを」

「まだ本人には言ってないでしょ」

「それはそうだけど。えええ?」


 恥ずかしさにクマに顔を埋めるゆかりに、海斗がそっと触れる。


「俺の方こそ、和美がゆかりちゃんの彼氏かと思ってた。でもそっか。付き合った人いないのか」

「う、うるさいな。あんたみたいにモテないのよ、悪かったわね」


 海斗に告白したことがある女子を、ゆかりは少なくとも三人は知ってる。


「それ、ゆかりちゃんが言う? ああでも、告白する前に俺が阻止したしなぁ。ゆかりちゃんに彼氏がいるとは思ってたけど、めげないやつ多かったし」


 ゆかり姫の破壊力は半端なかったからとぶつぶつ言っている海斗に、ゆかりは眉をひそめた。


「何それ」

「姫は気にしないで」

「気にするでしょ」


(やっぱりからかってる)

 軽く睨むゆかりに、海斗は頭をかく。


「しなくていいの。って、俺、ズルいな」


 海斗は俯き大きく息を吐くと、思い切ったように顔を上げる。その真剣な顔にゆかりは少し後ずさった。


「ゆかりちゃん、好きです」


 唐突でシンプルな告白をどう受け止めていいのか分からず、ゆかりは呆然と立ち尽くす。純粋な嬉しさと恐怖に、もう半歩後ずさった。


「それは……気のせいだよ」

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