第13話 海斗③
海斗はゆかりに昔の同級生を紹介され、急に色々な思い出がよみがえってきた。
(いたいた! イケメンのでっかい委員長! 昔からゆかりちゃんと仲良かった奴だ)
あれは小学四年生になった年。
始業式に間に合わなかった海斗は、ゴールデンウィーク過ぎからこの町の小学校に通い始めた。初めての教室でいつものように挨拶をした時、そこだけクローズアップされたように見えたのがゆかりだ。今思えば一目惚れというやつである。ぶっちゃけ初恋だ。
(高校の入学式でも一目惚れだったしなぁ)
同じ女の子だったと考えれば三つ子の魂と言おうか、我ながら好みがブレないというか……。ある意味感心する。
この町に来てみたかったのも、お祭りで倒れ、その後会えないまま離れることになってしまった女の子のことが、ふと気になっからだ。まさか、ずっと近くにいたとは思わずに。
今もゆかりの祖父と将棋を打ちつつ、隣の和室でしずかとお守りを磨いているゆかりを背中で意識してしまう。
(結局、ちゃんと告白もしないから罰が当たったのかな)
ゆかりから「和美さん素敵」と言われ、海斗は目の前が真っ暗になった。
(ウソだろ、いつ知り合ったんだよ。和くんて、この目の前にいる和史じいさんじゃなかったのかよ)
学校でもチラチラ聞こえていたゆかりの「和くん」が彼女の祖父だと思い、すっかり油断していた。
今朝はゆかりが帰り道に、わざわざ小学校の前や商店街といった思い出巡りをしてくれたのに、気もそぞろで全然覚えていない。出かけるときはデート気分だったのに台無しだ。
(和美、モテるもんなぁ。女顔だし俺より背が小さいけど、むしろゆかりちゃんとのバランスはよさそうだ)
二人が寄り添う姿を想像するとめちゃくちゃ似合っていて、思わず「うが~っ!」と叫びたくなる衝動を、麦茶を飲み干すことでごまかした。
ゆかりは面倒見がいい。
それは普段から知っていた。
仕方ないふうでも、困っている海斗をほっとくことが出来なかった。それだけでも彼女の心の大きさには感心することしかできない。オバケは嫌いだと言っているのに、今まさにオバケでしかない海斗を助けてくれる女の子。
そんな彼女の家族に優しくされて浮かれていた。
昨夜だって、ゆかりと同じ屋根の下にいることでなかなか寝付けなかった。
家族といるゆかりはいつも以上に可愛くて、優しくて、自分は彼女の特別なんじゃないかって、きっと勘違いしはじめていた。馬鹿だな。
彼女にとって今の海斗は、本当にただのクラスメイトでしかないんだと思い、胸がキリキリと引き絞られたように痛む。
新が今夜来るというのも、最初は海斗への牽制だろうと思っていたのに、それ以前の問題だったなんて。
ゆかりが欲しい――。
その想いに、体中が細い鎖でがんじがらめになるような気がする。
息が苦しくておかしくなりそうだ。
背中が焼け付くように熱くなる。
それを鎮めるように胸のほうはひんやりするのに、全身を駆け巡る熱のほうがどんどん強くなり、再びゆかりを丸呑みしたい衝動と、彼女を守りたい衝動が己の内側でせめぎ合う。
(あの娘を食べたい。あの力が欲しい)
海斗の内側で奇妙な声が聞こえる。
「巽海斗!」
奇妙な声を切り裂くように、ゆかりの悲鳴のような声が聞こえた。
「……なんで、俺だけフルネーム?」
海斗の顔が皮肉にゆがむのを感じる。
(新だって和美だって、下の名前で呼んでるじゃないか)
ゆかり以外何も見えない。彼女の声しか聞こえない。
あのお祭りで倒れた彼女を見て以来、強くなりたいと思っていた。父親から逃げるだけの弱い子供ではなく、大事な子を守れるくらい、強く大きくなりたかった。
「俺も名前で呼んでよ。――ゆかり」
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