第12話 ゆかり・幼馴染

 翌朝。

 お社に向かう道をのんびり歩きながら、海斗がゆかりの隣でのんびりと伸びをした。


「巽海斗、どう? 何か懐かしいものとかある?」

「んー。実はほとんど覚えてないんだよね。色々あちこちの記憶が入り交ざっちゃって。あ、でも、祭りだけはよく覚えてるよ」

「そうなんだ。その節は大変お世話になりました」


 ちょうどいい機会だからと丁寧に頭を下げたゆかりに、海斗が目を細める。その優しい顔に、海斗にとってこの町での思い出はいいものだったんだなと感じ、ゆかりもにっこり笑った。


「あの時はおんぶするの大変だったでしょう。私のほうが大きかったし、浴衣だし」

「俺、チビだったからなぁ。でもまあ、途中で代わるって言われても断っちゃったし」

「どうして?」

「どうしてかなぁ。覚えてないや」


 あちこちでお祭りの準備が始まっているのを見ながら、海斗はクスッと笑った。


「ねえ、お祭り明日でしょう。今年も四年生は肝試しをやるの?」

「うん。恒例行事だしね」


 実際今ゆかりがお社に向かっているのも、その子どもたち用のお守りの為だ。

 お社に決まった管理人は存在せず、町全体でお守りしている。

 岩の前で今年の管理人の一人を見つけ、ゆかりは大きく手を振った。


「あっくん、おはよう!」


 満面の笑みを浮かべるゆかりに、驚いたような顔をする海斗に気づかず走り出す。

 幼馴染の渥美あらたは振り向くと、走ってきたゆかりと「久しぶり」とハイタッチをした。洗いざらしのTシャツにジーンズというラフな姿の新はバスケ部だが、今年も日に焼けて真っ黒だ。


「あっくん今年も真っ黒だね。はいこれ、しいちゃんから預かった分」


 ゆかりが紙袋を渡すと、新もバックパックから袋を取り出す。


「まあね。じゃあ、これが最後の分。連絡があった通り、ちゃんと余分に入れておいたから」


 昨夜海斗のために石をいくつか試したこともあり、その分余計に必要になったのだ。

 お守りに使う石はこの泉につけて浄化をしたものだ。昔は本当に石だったらしいけれど、今はガラスでできている。しずかが磨くと輝きが違うということで、ずっと最後の仕上げを担っているけれど、実際は守りの力を込めているというのは秘密だ。

 

「ありがとう、あっくん。今夜おうちのほうに届けるね。今だってわざわざ待ち合わせしなくても、うちまで行ったのに」

「いや、ランニングの途中だし。むしろ俺が行ってもよかったんだけどね」

「あはは。それでうちで朝ごはん食べていくって?」

「呼んでくれるなら、いつでも喜んで」


 新は以前ゆかりの隣の家に住んでいて、昔はゆかりの家でよくご飯を食べていたのだ。


「あっくんのお母さん、その後変わりない?」

「おかげさまで、すっかり落ち着いたよ」


 病気がちだった新の母は昔よく寝込んでいたが、ここ数年は健康を取り戻していると聞いている。実際新の表情も落ち着いているので、きっとうまくいっているのだろう。


「ところでゆかり。さっきから気になってたんだけど、後ろに立ってるのはだれ?」


 なぜか半笑いの新の指摘に、ゆかりは海斗を見て「あっ」と小さく声を上げた。


「ごめん、巽海斗。紹介が先だったよね」


 ゆかりが海斗を隣に立たせるのを見て、新が面白そうに見て親指を立てる。


「なんだよ、おまえのこれ?」

「あっくん、表現が下品。そんなんじゃないよ。この人は巽海斗君。昔の名前は、結城海斗君だよ」

「ゆうき?」


 キョトンとする新たに、ゆかりはにっこりする。


(うんうん。やっぱり分からないよね)


 自分が一年以上も気づかなかったのはおかしくないとにんまりし、今度は海斗に向き直った。


「巽海斗、彼は渥美新くん。四年の時だと委員長だったかな? クラスで一番大きかったんだけど」


 ゆかりの紹介に、二人が互いをジッと見つめる。先に気づいたのは海斗のほうだ。


「ああっ、思い出した! そうだ、委員長だ! 渥美って名前だったのか」

「四年、ゆうき――お、おまっ、ゆうきちゃんか! 嘘だろ、育ったなぁ。俺と身長変わんないじゃないか」


 互いを認識し、一通りじゃれ合う二人を見てゆかりがニコニコしていると、新が「でもなんで?」と不思議そうな顔になった。


「ゆかりちゃんと俺、今クラスメイトなんだよ」

「へえ?」


 まだ不思議そうな新に、ゆかりは(だよね)と内心肩をすくめた。


「巽――ああ、今の名前が巽海斗っていうんだけど、ちょっと事情があって、今うちに来てるのよ」

「そうなんだ?」


 新も水瀬家には世話になることが多かったせいか、とくに違和感がないらしい。あっさり頷いて、「やっぱり石は俺が取りに行くわ。晩飯食わせてよ」と言うので快諾して別れた。



「ゆかりちゃん、あいつと仲いいんだね」


 新の姿が見えなくなると、途端に海斗の機嫌が悪くなる。


(一緒に遊びたかったのかな。でも私と離れたら消えちゃうし、しょうがないよね)


「まあ、生まれたときからの付き合いだしね。兄弟に近いんじゃないかな」


 もし新が女の子だったらゆかりの相棒だったんじゃないか、そんな風に思う。

 海斗にはそんな人がいないのだろう。つまらなそうな顔をする海斗の頭を撫でたくなったけど、さすがに変だと思い我慢する。だから彼が、

「俺のこと、ゆかりちゃんの彼氏って紹介してもよかったのに」

 と拗ねたように言っても、「ないわぁ」と笑い飛ばせた。


「ねえ、巽海斗」

「うん?」

「花屋の和美さんて、素敵だよね」


 海斗の本物の彼女を知ってるよという意味で言ったゆかりに、彼がこぼれんばかりに目を見開く。


「えっ、なんでゆかりちゃんが和美を知ってるの」

(やっぱりそうか)


 本気で焦っているらしい海斗に、ゆかりは曖昧に笑った。

 なぜか胸の奥がいたんだけど、――――きっと気のせい。

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