第11話 ゆかり・変な感じ
ゆかりは寝返りをうって、壁の方をぼんやりと見た。
(なんだか変な感じ)
客間で寝ることになった海斗に、父がパジャマ代わりにとTシャツとハーフパンツを貸し、彼は特に抵抗もなくそれを受け取った。まるで古くからの友人や親戚みたいだと思ったけれど、彼の愛想の良さは一時期あちこちを転々としていた頃の処世術なのかもしれない。
(あっ、お礼を言うの忘れちゃった)
ずっと、ゆうきちゃんにお礼を言えなかったことが心残りだった。小さな体でゆかりをおぶって、ずっと励ましの言葉をかけながら汗だくで家まで送ってくれた友達。
もう一度寝返りをうつと、隣で眠るしずかの姿が目に入る。
海斗に近い部屋のほうがいいのではと、今夜は客間に近いしずかの部屋にお泊りなので、小学生の頃を思い出して少し懐かしくなった。
食事と風呂を済ませたあと、祭りの手伝いは明日でいいと言われたゆかりは、和室で勉強をすることにした。
「俺も一緒にしていい?」
「えっ? あんたも勉強することがあるの?」
学校では真面目に授業を受けているけれど、それ以外はしていないと思いこんでたゆかりは素っ頓狂な声をあげた。
(和くんと将棋しててもいいのに。というか、もう一勝負してほしそうにこっちを見てるよ?)
ゆかりはチラリとリビングでこちらを見ている祖父と海斗を見比べる。
「ひどいわ、ゆかりちゃん。俺をなんだと思ってるの」
「なんでオネエ。ていうか、いつも学校以外じゃ勉強しないでチャラチャラしてるじゃない?」
「ゆかりちゃんてば、そんな目で俺を見てたのね。オネエさん悲しい。……ってのは冗談だけど。一応ね、やるときはやるんです。これでも特待生だからね。成績落とすとヤバいのよ。親のところに来いって言われちゃうだろうしさ」
心配させたくないんだよねぇと笑う海斗のことがまっすぐ見られず、ゆかりは「適当に参考書使って」と勉強道具をさす。
しばらく黙々とそれぞれ勉強してたものの、いつの間にかゆかりがつまづいていた問題を海斗が教えてくれたり、なんとなく一緒に同じ部分を勉強したり教え合ったりしていた。
「巽海斗、教え方うまいね」
「相手がゆかりちゃんだからでしょ」
なんでもないように言われ、ゆかりは首を傾げる。海斗の雰囲気がいつもと違う感じがした。
「なんだか機嫌がいいね。何か楽しいことでもあったの?」
まだ問題は解決してないことで色々考え続けてるゆかりに、海斗は柔らかく笑ってみせる。
「まあね。ごはん美味しかったし、ゆかりちゃんが優しいし」
「それは、まあ、親の前で喧嘩できないし? あんたのほうこそ、今日は妙に優しくて変な感じ」
ツンとそっぽを向くと、そんなゆかりに海斗が甘やかな視線を向けるのでますます戸惑った。他の女子ならともかく、ゆかりをそんな風に見たことなんて一度もないのに……。
「俺はいつも優しいでしょ?」
「自分で言う? そりゃあ、ほかの子には優しいと思うけど、私には割と意地悪だよね」
うんうんと頷くゆかりに、海斗は本気で驚いたようにポカンとした。
「なんでびっくりしてるのよ」
「え、だって」
海斗がしどろもどろになっていると、母が麦茶を持って来てくれた。
「あら、海斗君は意地悪なの?」
クスクス母に笑われ、海斗が小さくなる。
「意地悪したおぼえははないんですけど……」
(ふーん?)
他の女の子になら、かさばる教材を持つのを手伝ってあげたり、こんな風に勉強を教えたりしてるのに、ゆかりへの扱いはほぼ男子だ。すぐ仕事とか変な漫才に巻き込まれる。
今初めて女の子扱いしてくれるのは、彼なりの礼なのだろう。無意識みたいだけど。
調子狂うなと思いつつ、ゆかりは冗談半分、一学期にあったエピソードを母に訴えた。
「それでね、文化祭の出し物がお化け屋敷と喫茶店で二分したんだけど、私は喫茶店を推したのに、無理やり合体させてモンスター喫茶なんてものにしちゃったのよ」
クラスの皆が賛成したことだし、うまくまとめた海斗をすごいなと思ったことは内緒だ。
「だって、ゆかりちゃんがそんなにオバケが嫌いだって知らなくて」
しどろもどろになる海斗が珍しい。
「大嫌いだって、ずっと言ってたけどね」
「うん。えっと、ごめん。またゆかりちゃんが可愛い恰好したら楽しいなぁって思っちゃったんだよ。ほら、去年のゆかり姫可愛かったし」
調子のいいことを言う海斗に、母が楽しそうにあれこれ聞く。
(ほんと、変な感じ)
そんなことを思いながら眠りについたせいだろうか。
その晩ゆかりは不思議な夢を見た。
朝やけの中、誰かの声が聞こえる。
「おゆう、待っててくれ。必ずお前の元に帰ってくる」
「はい。******、待ってます。ずっとずっと待ってますから」
あれは、誰――?
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