第10話 ゆかり・お守りの効果

 海斗の食欲は、ゆかりの母をおおいに喜ばせた。


「この唐揚げ、今まで食った中で一番うまいです! ポテサラもすっげーうまい。あ、ごはんおかわりいいですか。漬物も飯が進むっ」

「いっぱい食べてね。そのポテサラはゆかりが作ったのよ」

「へえ、ゆかりちゃんが」

「なによ、その意外って顔は」


 親の前なのでいつものような会話にならないよう気を付けつつ、ゆかりが海斗の顔を軽く睨むと、彼はニパッと罪のない笑顔を見せる。その顔は小学生の頃を思い出させ、少しだけ彼がゆうきちゃんなんだなぁと不思議な気がした。


(いやでも、大きく育ちすぎじゃない? あの小さくて可愛かったゆうきちゃんが!)


 一緒に食事をとるため、ゆかりの左手はずっと海斗の膝の上だ。

 お互い右利きなので手をつなぐとどちらかが食べられないし、どうせなら一緒にという家族の言葉は無視できない(第一ゆかりが落ち着かない)。

 海斗から「足を絡ませる?」と言われた時は思わず殴ってしまったけど(軽くよ、軽く!)、色々試して結局こうなった。めちゃくちゃ落ち着かないけれど、海斗がくすぐったくないようできるだけ動かさないよう気を付けていて、正直ご飯の味が分からない。


 海斗は透明な時は食欲などは気にならないらしいが、元に戻ると一気に色々来るそうで、食後、お風呂やトイレはどうしたら? と、ゆかりは悩みが尽きないのだ。

 その悩みを、早々に食事を終えたしずかが解決してくれた。


   ◆


「ゆかり、お守りを出して」


 しずかに言われ、ゆかりはペンダントにしていたお守りを引っ張り出す。これは例の竜神さまのウロコ(レプリカ)で、いつも身に着けていられるようペンダントにしたものだ。この町の子はキーホルダーにしたり巾着に入れたりと、わりと身に着けていることが多い。

 しずかはそれをしばらく検分するように見た後、柔らかい布で拭いてから何と海斗に渡してしまった。


「しいちゃん、ちょっと待って」


 文字通り肌身離さず持っていたものを家族以外に触れられるのは、裸を見られるくらい恥ずかしいんですけど!

 ゆかりが真っ赤になって抵抗するも、しずかに睨まれてしまう。


(しいちゃんの鬼婆! 巽海斗も受け取らないでよ、えっち!)


 しずかの迫力に押し黙ると、今度は海斗から少しずつ離れるよう言われる。

 わけも分からないまま、なぜかメジャーを持った父と部屋を出る。ゆっくり距離を取っていくと、すぐに「ストップ。戻っておいで」と言われた。


 素直に戻ってみれば、海斗は驚いたようにゆかりのペンダントを凝視し、家族は皆ニコニコしているので戸惑った。


「どうしたの?」

「とりあえず三メートルは確実。五メートル過ぎると怪しいけど、あまり離れなきゃ大丈夫かね。ゆかり、しばらくこれは海斗君に貸してあげなさい」

「え、なんで」

「海斗君も竜神のお守りを持ってたらしいんだけど、どうやらこんな姿になる前後に失くしたらしいんだよ。もしかしたら、失くしたことに何か理由があるのかもしれないね」


(へえ、持ってたんだ。意外)


「気づいたら荷物も何も持ってなかったから、そこにあるのかもしれないですけどねぇ」


 どこにあるのか見当もつかないと、海斗は考え込むようにそう言った。


「ゆかりのお守りを持ってると、あんたが触ってるのと同じような効果があるみたいなんだ。――ああ。一応今年のお祭りに出す新しいやつもいくつか試したけど、ゆかりのものじゃないと駄目みたいだから。ほれ、そんなブーたれなさんな。煮豚にして食っちまうよ」

「しいちゃんひどい。豚じゃないもん」


(内心ブーブー言ったけど!)


 頬を膨らませつつ、ほっとしたように笑っている海斗をついでに睨みつける。

 めちゃくちゃ恥ずかしいけれど、それでも当面の問題が解決してホッとしたのは事実だ。


「多分ゆかりの力がいるから、ここにいる間に力を込めた石を作れば、もう少し何とかなるんじゃないかね」

「わかった。がんばるよ」


「ゆかりちゃん、いつも苦労かけてすまないねぇ」

「巽海斗、そんな時代劇コント乗らないからね!」


 つい条件反射で答えたゆかりに、祖父と父が「……おまえら、学校で何やってるんだ?」と呆れた。


(うううっ、巽海斗のばかぁ)

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