第9話 ゆかり・リンクしないけど
母の言葉にゆかりが驚くと、海斗はにっこり笑ってそれを肯定した。
「よくわかりましたね。半年も住んでなかったけど、一時期この町に住んだこともあるんですよ」
少し遠い目をした海斗は、昔、母親と共にいくつかの土地を転々としたのだと言った。
「もしかして、以前は結城さんっていわなかった?」
「あれ。母をご存知でしたか?」
「やっぱり。――ゆかり、彼、結城ちゃんよ。あんたが肝試しで倒れたとき、おんぶして送ってくれたじゃない」
「「えっ?」」
母の言葉に、ゆかりと海斗がお互いの顔をまじまじと見つめる。
ゆかりの記憶にある「ゆうきちゃん」は、小さくて可愛い男の子だ。クラスでもマスコットみたいに皆に可愛がられ、あっという間に仲間になった。夏休みが終わっても学校に行けなかったゆかりは、彼がまた転校してしまったことを友達伝いに聞いた。
ほんの数か月だけ一緒に過ごした級友と今目の前にいる級友がリンクしなくて、まじまじと海斗を見てしまう。
一方海斗のほうも驚いたあ後ゆかりの母の顔を見て、もう一度ゆかりの顔を見た。
「あれは、ゆかりちゃんだったのか」
海斗の真剣な目が怖くなり、思わず離そうとしたゆかりの手をギュッと海斗が握りしめる。
(ウソだ)
「あらあらまあまあ、こんなに立派になって」
脳天気に喜ぶ母に思わずゆかりは手を振る。
「いやいや、お母さん。結城ちゃんはこんなにでかくないし、私より可愛かったし!」
顔は覚えていないけれど、子犬のような愛らしさは覚えているのだ。あの子はこんな長髪赤毛のへらへらした男じゃない!
「やあねえ。男の子だもん、大きくなるわよ。でも面影なんてそのままよ? 子ども同士じゃわからないかなぁ」
ふふっと可愛らしく笑う母に、海斗が愛想よく笑顔を返した。
母と海斗の会話から、彼は確かに以前は結城海斗という名前だったことが分かった。
それは海斗の母親の旧姓で、当時、暴力をふるう父親から逃げていたのだという。
短い期間で土地を転々とし、今の父親である巽氏の助けで両親は無事離婚。その後色々あったものの母たちが結婚し、仕事で二人が海外に住むことから、海斗は寮付きの白川学園に入学することになったのだそうだ。
想像もしなかったヘビーな話に驚いたものの、ゆかりは心の奥で少しだけホッとしていた。彼に感じる奇妙な感覚は、きっと懐かしさだったのだと思ったから。
(頭のどこかで、巽海斗がゆうきちゃんだって分かってたんだわ)
見れば見るほど今の海斗とゆうきちゃんは一致しないけれど、昔なじみだと分かれば少しだけ親しみも湧く。
(単純だな、私)
◆
さすがにずっと手をつなぎっぱなしともいかないので、海斗の相手をしずかに任せたゆかりは一度自分の部屋に荷物を置きに行った。
数年前に建て替えられた実家には、ゆかりの部屋が二階にある。
洋室でベッドと小さなライティングデスクを置いただけの部屋だが、ゆかり好みにしつらえてあり、入るといつもホッとした。薄い結界のようなものだという点も大きいが、両親がいつゆかりが帰ってきてもいいようにと考えてくれていることが分かる部屋だ。
「この部屋で暮らせたらいいのにな」
学校は楽しいし、不満なんてない。
ただ、年間通して家に帰ってこられるのが二週間程度しかない今の状態は寂しかった。本当なら行きたい大学も、実家からならすぐ通えるけれど、今のままでは付属大学以外道はない。
少しだけため息をつくと簡単に荷解きをして手を洗う。何やら話が盛り上がっているしずかたちの様子を見た後キッチンに入り、夕食の支度を手伝った。
「男の子がいるならボリューム満点なご飯よね」
「お母さん張り切ってるね」
「ゆかりとご飯も嬉しいけど、食べざかりの男の子がいるなら作りがいがあるじゃない」
普段父母と、改築後同居することになったしずかとの三人では腕のふるいがいがないらしい。
「でも真夏に揚げ物って地獄だよ?」
「ぶつくさ言ってないで手伝いなさい。ねえねえ、ゆかり。海斗くんとは付き合ってるの?」
興味津々な母にゆかりは「ないない」と手を振った。
「今回は特殊な事情だから連れてきただけだよ。ただのクラスメイト」
ゆかりの脳裏に花屋の店員の姿が浮かぶ。勝ち気そうな美人は、海斗につきまとっていた女の子たちの前で仁王立ちになって、迫力満点の笑顔を見せていた。
『うちの大事な海くんには、ずーっと好きなコがいるんだよ』
そう言って海斗の腕に自分のそれを絡めているのを、ゆかりは去年、入学してまもなくの頃たまたま目にしてしまったのだ。
「巽海斗には、すっごい美人の恋人がいるみたいだよ」
噂だけど、たぶんあの店員さんのことだろう。
「ふーん。お母さんしょんぼりだわ」
「モテない娘でごめんね?」
「ゆかりはお父さんに似て美人なのに!」
「はいはい。お母さんってホント、お父さんのこと大好きだよねぇ」
我が親ながら感心するわ。
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