第7話 海斗②

 自分は死んだ――。海斗はそう思い込んでいた。

 何が起こったかは分からない。ただ、後ろから自分の体を何かが突き抜けたような、強い衝撃を受けたことは覚えている。


 本当だったら一週間の予定で、気の向くまま旅をしようと思っていた。

 昔住んでいた海が見える街に行ってみようか。母の都合でほんの数か月だけ住んでいた街だ。


 予定通りだったら、今頃どこか他県にいたはず。でも気付いたら高校の近くにボーッと立っていた。

 ふと知り合いに気づいて声をかけたものの無視され、(なんだあれ?)と最初は不思議に思った。よく分からないまま歩いていた時、ショーウィンドーに自分の姿が映ってないことに気づいたのだ。


 何人かに声をかけたけれど、誰にも気づいてもらえなかった。

 肩を叩こうにも体をすり抜け、言いようのない感覚におののいた。

 そうこうしているうちに心が何かどろりとしたものに覆われていくように感じ、体中が鎖で縛られたようだった。そして気付くと寮に着いていた。


(ゆかり)


 自分がいつ消えてしまうか分からないと思った。それが成仏なのか消滅なのかは分からなかったけれど、恐怖の中で頭の中をしめるのは一人の女の子の姿だけ。

 最後なら一目だけでも会いたいと思った。

 たとえ声が届かなくてもいい。ただ会いたかった。


(こんなことになるなら告白しておけばよかった)


 うまくいくなんて思ってないけれど、気持ちだけでも伝えておけばよかったと後悔した。



 彼女の部屋へはドアをすり抜けて簡単に入ることが出来た。

 ゆかりはいつものようにポニーテールを揺らしながら荷造りしていた。

 ゆったりしたキャミソールとショートパンツという無防備な姿に、不覚にもぼーっと見惚れた。

 猛烈な渇きに、彼女を丸呑みしてしまいたい衝動と、それと同じくらい彼女を守りたい気持ちがわいて身動きが取れなくなる。


(欲しい)


 その細い首に手を伸ばしかけたとき、ゆかりと目が合った。


(見えてるのか? まさか!)


 悲鳴を上げられると思った。蛇蝎だかつのごとく忌避されるものと覚悟した。でも、硬直した海斗に向けられたゆかりの涙目が心臓ハートを直撃し、膝から崩れ落ちそうになった。


(やばかった。可愛すぎて死ぬかと思った)


 彼女と話すうちに、自分を覆っていた鎖のような窮屈さや重さから解放されたような気がした。目の前が光り輝いて見えた。

 思いがけず手を握られ、しかも生きていると言われ、混乱と喜びで訳が分からなくなりそうだった。


   ◆


「そうか。大変だったね」


 海斗が、ゆかりへの気持ち以外のことを話し終わると、ゆかりの曾祖母は労わるようにゆっくりと頷いた。

 ゆかりの家には彼女の両親と、この曾祖母しずかが待っていた。

 居間に通されると、見えない海斗にも冷たい麦茶を出してくれたものの、残念ながら海斗はグラスに触れることが出来ない。仕方なくそのまま、促されるままに自分の身に起こったことを話し始めた。しずかにだけは海斗がうっすら見え、声も聞こえるのだそうだ。


「ゆかり。この友達をうちにつれてきたのは正解だったね」

「友達ってわけでもないけど……」


 しずかの言葉に苦笑するゆかりに、海斗はしょんぼりとうなだれた。


「ゆかり姫、そこは彼氏で~すとか言っておくとこじゃ」

「ありえないし」

(しくしく。ゆかりちゃんが冷たい)


「でも、しいちゃんにもちゃんと見えないなんて意外だったわ」

「ゆかりには見えるんだね」

「うん。透けてるけどはっきり見える。最初は変な模様が顔とかにあったし、羽も生えててびっくりしたけど」

「えっ?」


 ゆかりの言葉に海斗も驚くと、彼女は「言ってなかったっけ」と可愛く肩をすくめた。


「巽海斗の顔とか腕に刺青みたいな模様があって、かなり怖い顔だったんだよ。背中にはコウモリみたいな羽もあったし」


 自分のそんな姿を想像して唖然とした。しかもそれらは今はないらしい。

 よくも悲鳴も上げられなかったと、今更ながら感心する。

 それを聞いて難しい顔をするしずかに、ゆかりは「それからね」と身を乗り出した。


「ちゃんと触れるのよ。ほら」


 彼女が海斗の二の腕に触れると、しずかたち、ゆかりの家族が一斉に息を飲んだ。


「見える!」

「あらまあ」

「こりゃすごいな」

「あらやだ。結構いい男じゃない」

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