第4話 ゆかり・きっかけ①

 初めてそれ・・が見えるようになったのは、ゆかりが小学四年生の夏。十歳になったばかりの時だ。


 ゆかりの実家がある町では、行事の一つに肝試しがある。参加資格はその年十歳になる子どもで、四年生か早生まれの五年生が対象だ。

 肝試しといっても、実際は祭りの中で行われるレクリエーション。

 二人から三人のグループで、竜神さまが祀られているお社まで行って戻ってくるだけ。おどかし役もいない道は、距離にしてほんの数百メートルだ。


 夜道とはいえ、お社のまわりでは祭りの屋台でにぎわっているし、道中も明かりがずらっと並んでいていつもより明るいくらい。それでも祭りの喧騒から切り離されたような小さな空間は特別感があって、子どもたちはワクワクした気持ちで参加していたし、ゆかりもそうだった。

 お社の側には大きな池と、大人ほどの大きさもある岩がある。その岩の前に置いてある石を持って帰ってくると、お祭りで使えるチケットと交換してもらえるのだ。


「輪投げに、金魚すくい、綿菓子、焼きそば、かき氷。うわぁ、何に使おうかな」

「私射的がやりたい。大きなクマのぬいぐるみがあったんだ。モフモフですっごく可愛いの! チケットだけでも三回はできるよね。あとりんご飴買うんだぁ」

 クマは一目ぼれの巨大なモフモフさんで、りんご飴は毎年出店している鈴木さんの所の屋台のやつがピカイチで美味しいのだ。

「あ、それいいね!」


 ゆかりと一緒に歩いたのは、四年生の春に転校してきた子だ。名前はゆきちゃん、いや、ゆうきちゃんだったか。

 くじ引きで決まった他のグループは三人組だったけど、人数の関係でゆかりたちだけ二人組。順番が一番最後だったこともあり、待っている間ずっと、しりとりをして遊んでいたことを覚えている。


 ゆかりたちが出発するころにはすっかり日も落ちていたせいで、道中の明かりがきれいで、すごくワクワクした。

「ゆかりちゃん。お社って、竜神さまの宝物が祀られてるって本当?」

「うん。そうらしいよ」


 伝説によると大昔、どこか遠くからたくさんの化け物がやってきて悪さをしていたらしい。大地は荒れ果て作物は枯れ、人々が傷ついていた。

 そんなある日、一人の娘がひどく傷ついた青年を見つけた。

 当時よそ者は、「化け物の仲間」だという理由で人々から攻撃されることを知っていた娘は、彼をほっとくことが出来ずに連れ帰り、丁寧に手当てをした。


「その青年っていうのが実は遠い国から来た竜でね、傷を手当てしてくれたお礼に、悪さをしていたあやかしをやっつけてくれたんだよ」

「へえ」

「竜と娘は恋に落ちたんだけど、竜は行くところがあった。だから自分のウロコを一枚お守りとして娘に渡して旅立っていったんだって」

「帰ってこなかったの?」

「うーん。たぶん」


 お社に祀られているのは、そのウロコらしい。


 そんなおしゃべりをしながらお社について、二人一緒に手を合わせ、岩の前にある台から石を取る。石はウロコを模した五百円玉くらいの大きさで、見た目はガラスのおはじきみたいだ。一枚一枚色も大きさも少しずつ違い、ゆかりの分はほんのり紫色の平べったい丸石だった。

「きれいな石。これもらえるんだよね」

 明かりに透かすと、石の周りにほんのり柔らかい光が浮かび上がった気がした。それが生き物のように温かいような気がして、ゆかりは大切にハンカチにくるんで浴衣の帯に挟んだ。そのときだ。


 ひやりと冷たい風が吹いた。

 その冷たい風とは逆に、石をしまったあたりが熱を持ったように熱くなる。

(なに、これ)

 体中が熱い。

 内側から何か溢れてくるようで、その力にゆかりの体が押さえつけられているような気がした。猛烈に喉が渇き、喉元に手をやろうと思うのに指一本動かせない。

「ゆかりちゃん、どうしたの?」

「・・・・・!」

(助けて!)

 そう叫んだつもりだった。

 でも唇も動かず、うめき声さえ出ない。


 友達のあせった顔を見ながら、ゆかりの視界は幕を下ろしていくようにどんどん狭まり、ふっと意識が途切れた――。

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