葛藤
河井さんが美奈を殺そうとしていると知ってから。私はそのことしか考えられなくなっていた。死神の仕事を行うことが正しいことは薄々気づいていた。しかし、美奈は信じてくれるのだろうか…?あのときと同じように罵られるのではないか?考えれば考えるほど、私はどうしていいかわからなかった。
「…さん、一ノ瀬さん、」
休み時間、いきなり私の名前を呼ばれた。驚いて振り返ると、なんと声をかけてきたのは美奈だった。
「み…いや、加藤さん。どうしたの?」
「美奈で構わないよ。少し、話したいことがあるんだ。今から階段まで、来てもらえないかな?」
…驚いた。なんで私と話したいのか、何を話されるのか、全く想像はつかなかった。
「わかった」
躊躇いつつも、ここで反対する理由も見つからなかったため、受け入れてしまった。そのまま美奈に手を引かれ、気づいたら階段についていた。
「あなた、死神、なんだよね?」
「…え?」
私は言葉を失った。なぜ美奈がそのことを知っているのか…?確かに私は小学生のとき死神であることをきっかけにいじめを受けていた。しかしそのとき、美奈とは同じ学校であること以外全く関わりが無かったはずだ。だから、私が死神であることは知らないはず。なのに、なぜ…?
「なんで私が知ってるのか、って?あなたがいじめられてたとき、その近くを通りかかったことがあるの。私は怖くて何も言えずそのまま立ち去ってしまった。本来助けるべきだったのだろうけど、怖かったの。それをきっかけに、私は河井さんをいじめるようになった。私が河井さんをいじめていたのは、あなたも知っているよね?本当に、あのときの私はどうかしていたと思う。だから許してくれなんて言わない。自分がもし、一ノ瀬さんのようにいじめられたら、きっと耐えられない、それがわかっていたから。」
「じゃあ、じゃあなんで!河井さんをいじめたの…?分かっていたなら。その辛さを、苦しさをわかっていたなら!なんで…」
私はいつの間にか叫んでいた。なんで、訳が分からない。私のいじめにも気づいていて、それがきっかけだった…?しかしその答えは、驚くものだった。
「いじめていれば、いじめられない。そう考えたから。この考えが間違ってる、そう気づいた時には既に、河井さんは帰らぬ人となっていた。本当に愚かだった。」
泣きながら話す美奈。私は声が出なかった。いじめをするのに、こんな苦しんでる人がいるなんて、想像していなかったから。第一、私のいじめがきっかけでいじめをしていたなんて…。想像もしていなかった。
「私が前呼吸困難になって救急搬送されたとき、なぜ呼吸困難になったのか、原因がわからなかった。けれどその帰りに神社の前を通りかかったとき、私に幽霊がついている、その幽霊と離れるためには死神を介する必要があることを、初めて会った神主さんに説明されたの。死神と聞いたとき、すぐに思い出した。あなたが、死神であることを。」
まさか、美奈自身からそんなことを頼まれるなんて、夢にも思っていなかった。驚きすぎて、私の脳内は処理が追いついていない。そんな状態の私に、美奈はこう続けた。
「死神は、幽霊のメッセージを生きている人間に伝えることが出来る、そう聞いた。もし私に幽霊がついているのなら、話したいんだ。きっと、その幽霊は、河井さんだから。」
全く私の脳内は全く追いついていなかった。しかし、いじめをしていたあのときの美奈と変わっている、ということ。いじめに対してしっかり向き合い、その結果だした答えであることは、ひしひしと伝わってきた。私はもう迷わなかった。美奈と河井さんを助けよう、と。河井さんはあのとき、「一週間後に戻ってくる。」「あなたの目の前で殺してやる。」みたいなことを言っていた…と思う。その言葉にきっと偽りはないだろう。だとしたら、そのときに二人とも助けよう、死神としてだけでなく、一クラスメートとして。そう、決意した。
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