あなたにだけ
さくた
ただそれだけ
「もったいないと思うけどな~」
「何がだよ」
放課後の図書室。
静かで落ち着いた空気をぶち壊すかように、親友は爆弾を放った。
「絶っっ対、髪上げて、コンタクトした方がモテるって」
「どうした急に」
反射的に返してしまってから、自分たちがどのような場所にいるか気付く。
俺は声を潜めて、
「おい、ここ図書室だぞ」
「だーいじょうぶだって、俺たち以外に人いないし。それに…」
「それに?」
親友は、カウンターに座る眼鏡をかけた女子生徒の方を見て、
「あっちも注意する様子じゃないしさ」
確かにカウンターに座っている少女は、本に集中しているようで、こちらを注意する素振りはない。
「確かにそうだけど、ここは図書室だ。それに、俺たちが騒いだら、あいつの読書の邪魔になるだろ」
「うーん、やっぱり真面目だね。まあ、それがいいところなんだけど」
図書室は静かにするところだと思う。
それに、俺は読書するのを邪魔されるのが大嫌いだ。
自分が嫌なことは他人にもしたくない、ただそれだけである。
「俺は真面目じゃねえよ」
「そうやって言うやつほど真面目なんだよなあ」
親友はやれやれ、といった様子で首を振る。
なんか腹立つなぁ。
「で、俺がどうだって?」
「ん?ああそうそう、髪上げてコンタクトしたらモテるって話ね」
「その心は?」
「いやさっき顔見てたら、やっぱりイケメンだなーって思って」
「お世辞にしても、もっとましなこと言えよ。お前に言われても、嫌味にしか聞こえないぞ」
隣に座る
「僕がお世辞言うような性格じゃないって知ってるでしょ?」
「誠に遺憾ながら」
「ひどいなー」
こいつとはかれこれ十年以上の付き合いだ。
小学校一年生の時知り合ってから、
「そろそろパイプを退職したい」
「それは……本当に申し訳ない。直接言ってくれっていってるんだけどね。というか、付き合う気ないし」
親友は、その優れた容姿からものすんごくモテる。
そのため告白を受けることが多いのだが、何故か俺を仲介とする女子が結構多いのだ。
俺陰キャなのに。
「あんなに話しかけるなオーラ出しているのに、何故…。それでクラスの男子に嫉妬されるし、読書は出来ないし」
「本当にごめんなさい」
親友がガチトーンで謝ってきた。
「いや、大丈夫だって。お前が気にすることじゃない」
「でも…」
「それなら、いい加減彼女いることばらせよ」
「うっ、それは…」
親友はちょっと暗い顔をする。
「ごめん、意地悪言った」
「ううん、気にしないで。この前聞いてみたけど、『まだ無理』だって」
こいつは彼女がいる。
だけど、ちょっとした事情があってそれを皆に伝えることが出来ないのだ。
「僕もできるなら皆に言いたいんだけど、彼女に無理強いはできないしね。でも告白してくれる子には申し訳ないし」
「まあ、その、頑張れよ」
「ありがとう」
「あ、ああ」
ちょっといい雰囲気になったところで、いきなり親友が叫んだ。
「ってそうじゃなくて、なんで髪上げてコンタクトしないのって」
「ちっ、気づいたか。しつこいなあ、お前も」
「ねえねえなんで顔見せないの?絶対モテるのに」
「別に俺は沢山の人にモテたいわけじゃない。ただ、」
「ただ?」
そこで俺はカウンターに座る少女をちらりと見て、言う。
「ただ、あいつに、好きな人にモテればそれでいい」
「………」
親友は呆気にとられたようにポカンと口を開けていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
そして、ニンマリと笑う。
何かと思って俺も顔を上げるが、彼の視線の先にはさっきよりも本を持ち上げて読書している
「なんだその笑い。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いはひどいなあ」
バカな事を言い合っていると、
キーンコーンカーンコーン~♪
下校を知らせるチャイムの音が聞こえてきた。
気づけば窓の外はすっかり夕陽色に染まっている。
「おっと、もうこんな時間か。以外と長い時間話してたな」
「うん、そろそろ帰ろうか」
カバンを掴んで立ち上がる。
「あ、ごめん僕体操服を教室に忘れてきたみたい。取りに行ってくるから、先行ってて」
「ああ。じゃあ昇降口で」
親友は慌てた様子で図書室を出ていった。
一人取り残された俺は、自分も忘れ物が無いか確認して出口に向かう。
カウンターの横を通ったところで、
「あ、あのっ」
俺は少女に呼び止められた。
なんだろうと思いそちらを見た。
いや、見てしまった。
少女は、窓から見える夕陽のように頬を染め、
「バイバイっ」
胸の前で小さく手を振った。
ドクン。
心臓が跳ねる。
バイバイと手を振られた。
ただそれだけ。ただそれだけなのに。
好きな人にされただけで、こんなにも嬉しくなってしまう。
「あ、ああ。バイバイ」
身体が燃えるように熱い。
精一杯手を振り返して、急ぎ足で昇降口へ向かう。
この熱を冷ますために。
でも心の奥で、この熱は冷ましたくないと願っている。
何故かって?
これは恋の熱だから。
******
要望があったら、女の子視点書きます。
あなたにだけ さくた @sakuta426
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