第8話 む杖の苦労話を笑いのネタにチェンジ

 む杖は、一方的に話し始めた。

「私はね、小学校五年のとき、家が火事にあい大やけどしたの。今でも背中に跡が残っているのよ。そしてね、それが原因で両親は離婚し、私の父方に引き取られたけどね、父が再婚してから、私は放ったらかしになっちゃったの」

 淋しい人生だな。む杖は、幼くして世間の苦労を味わったわけだ。

「父は、飲食店を始めたけどね、借金を抱えるようになってしまい、サラ金の利子が

増えるようになってしまい、サラ金の利子が増えて、取り立て業者がやってきて、私は本来は風俗店で働くところだったが、幸か不幸か背中のやけどの跡が原因で免れたの。人生、何が幸いするかわからないものね。

 父はそのサラ金業者から、利子を払うため、要するに借金のための借金をしてしまい、それからは、睡眠薬とか精神安定剤とかが手放せなり、借金の取立屋が自宅までやってきて、私、一時は拒食症だったのよ」

 えっ、このまるまると太ったむ杖が拒食症? 信じられない。

 しかし、拒食症は間違いなく過食症となり、それが三回ほど続くと、脂肪肝や糖尿

病の原因となるという。


 笑香は、む杖の暗い話から話題を変えるように口をはさんだ。

「ねえ、む杖さんの今のトップス、ワイン色だけど、ワインってどうやってつくるか知ってる?」

 む杖は、即座に答えた。

「ぶどうをしぼってつくるんでしょう」

 笑香は、笑顔で頷いた。

「もちろんそうだけどね、ぶどうをしぼったぶどうジュースだけでは腐ってしまうのよ。だからぶどうジュースを伸縮性のある皮袋にいれて、発酵させるの。

 そのかわり、伸び切った古い皮袋は使い物になれないけどね。

 これは聖書の話だけどね『新しい葡萄酒は、新しい皮袋に入れるべきである。そうしないと、皮袋が膨張すると破れてしまい、なかの葡萄酒までこぼれてしまうであろう』」

 む杖は、いぶかしそうに首を傾げた。

「それ、どういう意味?」

「新しい葡萄酒というのは、新しい思考や夢のことであり、新しい皮袋というのは、新しい生活のことなの。新しい思考や夢をもったら、古い生活を改めて新しい生活に

しなければならない。そうしないと、いつまでたっても、思考や夢は実現しないという意味よ」

 む杖は、答えた。

「そういえば、柏原牧師がおっしゃってたわ。反省は一人でもできるけど、更生は一人ではできない。だからまず、感じのいい人だと思われることが先決だってね」

 笑香はむ杖を励ますように

「そうね。人生は一度きりの片道切符。引き返すことなどできやしない。

 お互い、今をがんばって生きていくしかないよね」

 む杖は、ようやく笑顔になった。

 む杖の屈託のない笑顔は、本来は明朗な人かもしれないなと思った。

 もし私がむ杖の立場だと、もっと荒れてたかもしれない。

 

 

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