第7話 元恐喝女ーむ杖のお笑いスキル

 いつの間にか、笑香はむ杖の過去を忘れはじめていた。これって許したってことかな?

 許すということ、もうその出来事に対して怒りを感じていないというよりも、その出来事自体を気にしていないということだ。

 む杖は、自分を変えようと努力したらしい。自分が変われば、相手が変わり、それに伴う態度や行動も変わり、日々の習慣も変わり、人格も変えられ、人生そのものが変わっていく。

 む杖はこのことを、実行しようと努力している最中だ。

 

 ある日、む杖の方から笑香に声をかけてきた。

「ねえ、笑香さん、地元のカラオケ喫茶で漫談をしてるんだって。もう、ファンがついてるんだね。うらやましいな。ところで、笑香さんのファンってどんな人」

 笑香は、胸を張ってちょっぴり自慢げに語った。

「聞いて驚くなよ。なんと、人気上昇中のウォーターずのマネージャーだよ。もっと個性を出して商品化したら、ゆくゆくは刑務所や老人ホームの慰問に出演する可能性

もあるって言って下さったんだよ」

 む杖は、顔を輝かして言った。

「私もそういうの、目指したいな」

「チャンスは、ときと状況によって、いつ、どのような形で訪れるかは、誰にもわからない。誰の目にとまるかもわからないし、今までダメだ、絶望的だと思っていたものが逆に個性となり、演出次第では逆転ホームランになるかもしれない。

 だから、常に目を覚まして自分を磨いていかないとね」

 急にむ杖は、腕を曲げ、力こぶをつくった。

「はい。あんまんヒール。ぜひとも、ウォーターずのマネージャーさんにつまみ食いされてみたいです。

 人が誰しももつ黒いあんこのような感情を、白い皮で包んでみせたいです」

 笑香は、それを見て思わず吹き出した。


「ねえ、おかん、今日は笑香特製DHAチヂミをつくります。メタボ撃退チヂミです。でもにんにくの匂いはしないから、安心して食べてね」

 家に帰ると、笑香は早速台所に立って、チヂミをつくり始めた。

 まず、じゃこで出汁をとり、腐り止めに少量の酢を入れて保管しておく。

 魚の缶詰と刻みネギと、山芋すりおろしと片栗粉をじゃこ出汁で混ぜて、フライパンで薄くのばして焼くだけの簡素な料理だが、魚のDHAが中性脂肪を低下させてく

れるメタボ撃退料理でもある。

 おかんはこれに、大根おろしとぽん酢をつけて食べるのが好物である。

 ときおり、マヨネーズやケチャップをかけることもある。


「さあ、もうすぐ焼きあがるよ。大根おろしもできたしね」

とおかんに声をかけられた途端、スマホのベルが鳴った。

 む杖からだ。

「私今、笑香さんの近くの喫茶店にいるの。もしよかったら、話したいことがあるので、来てほしいな。もちろん私のおごりよ」

 家から、徒歩一分余りの喫茶店に行くと、む杖が手を振っていた。

「今日は、私の身の上話を聞いてほしいの」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る