第6話 恐喝女野田む杖はお笑いタレントに変身
ホストの彰人に誘われて行った、柏原達也牧会の教会「罪びとの友」で再会したのは、私の母親にいちゃもんをつけ、恐喝して逮捕された女 野田む杖だった。
野田む杖とこんなところで再会するとは、夢にも思っていなかった。
どういうことと、問い正す笑香に彰人は、野宮む杖もやはり、更生を求めてやってきたのだという。
自分の人生をもう一度やり直したいと、切望しているという。
もちろん、犯した罪は消しゴムでは消えないが、新たな人生という白い修正液を積み重ねることで、過去を容認することができる。
いや、逆に昔があるから今があるー真っ黒歴史ともいえる過去を、現在のこやしにすることさえも、可能なのである。
む杖はなんと、笑香と同じお笑い芸人を目指しているという。
まあ、芸能界は過去の経歴などそう関係ないし、少年院出身で現在は警察官役や刑事役を見事に披露している俳優もいるくらいである。
それにむ杖は、どう見ても美人タイプではなく、女子プロレスラー顔負けの体格と
いい、お笑いに向いてるかもしれない。
本人の希望だと、初の女はたかれ芸人を目指してるという。
笑香は、ユニークな人生選択だと思った。
「ええ、本日は漫才師志望のあんまんヒールが、漫談をご披露いたします。
できたら、笑ってやって下さい。また、あんまんヒールの存在自体が笑いのネタですからね」
礼拝が終わったあと、柏原牧師の司会で、あんまんヒールこと、野宮む杖の漫談もどきが始まった。
一見、素肌と見間違得られる肌着の上に、赤いビキニの水着をつけたあんまんヒールこと、野宮む杖が、相撲とりのしこを踏むように、のっしのっしとガニ股で登場した途端、腰をくねらせ
「いくら、私が美人だからって、じろじろ見つめちゃいや。グラビアアイドルじゃないのよ」
と、ウインクをして見せた。
笑香も彰人も、苦笑いをしながら、熱演ぶりに注目している。
む杖は、急に強面になり、すごんで見せた。
「おいこら、そこの姉さん、私の男に手を出したな」
その途端、今度は蚊の泣くようなか細い声で、すがるように言った。
「すすすみませんなどと、謝りたいところだが、あれは、男の方からアプローチしてきたんだよ。全く被害妄想もいいところよ。
それともそれほど、ルックスに自信があるの?」
要するに、一人二役のひとり芝居か。
すると、む杖は今度は直立不動で立ち、生真面目な顔で
「そりゃそうだ。いくらモテない男でも、あんまんヒールとつき合うヒマ人はいないぜ。家であんまん食べながら、いや豚の共食いをしながら、女ヒール役を目指した方が、世の為人の為だぜ。
チャンチャン、バカバカしい漫談、ありがとうございました」
柏原牧師が、説明を始めた。
「ええ、このあんまんヒールこと、野宮む杖はチンケな恐喝で逮捕されましたが、今度は人を笑わせることで世間に貢献していきたいという、本人の強い希望でお笑いタレントを目指しています。
孤独で未熟な女性が虚勢を張って生きてきたわけですが、若気の至りと許してやって下さいませ」
教会員は、半ば驚いたような顔で、そのうちの数人が、パラパラと拍手をしたが、半分はシラケたような物悲しさが漂っていた。
前科者といっても、所詮はむ杖も私と同じ感情をもった人間なんだ。
笑香は、む杖の将来にエールを贈りたい気分になった。
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