第17話 歳月流れて…

あれから2年の歳月が過ぎた。


お父様は和美さんと再婚して、良一兄さんは、ひかるさんという女性と結婚した。


初めて会ったひかるさんは、とても優しくて、それでいてしっかりと自立した女性で、良一兄さんが変わった理由が分かる気がした。


この人なら、大丈夫だろう。


良一兄さん達は、ささやかな挙式だけした。


親族だけの小さな挙式。


お母様は、いない。


病院のベッドで、ただ虚空を見つめているだけらしい。


お母様の親族は、お祖父様だけ。


後の親族の人達は、お母様の事で思う所があるのだと思う。


参加はしていない。


お祖母様は、特に…


お母様の事がショックで寝込んでいる、と聞いていた。


逆にお父様の親族の方達は、遠路はるばる来てくれた人もいる。


その人達も、お母様の事では思う所はあっただろうし、お父様の再婚に対しても思う所はあっただろうけど、お目出度い事なのだからと参加をしてくれた。


私は、幸せそうな2人を見ながら、いつか自分も誰かと、こういう日を迎える時が来るのかな?と思った。


出来るなら、健一さんがよかったけど。


でも、それを言っても仕方ない。


健一さんは、もういない。


…もういないのだから。





今日は、聖二兄さんの命日の日だ。


私は良一兄さん、ひかるさんと一緒にお墓にやってきている。


お母様も病院から外出の許可を得てやってきている。


車椅子でしか移動が出来ないくらいに足腰が弱ってしまっていた。


お父様は、お母様と顔を合わせるのは気まずいのだろうな、時間をずらして来るそうだ。


お母様は2年間変わりない。


壊れたままだ。


そのお母様の腕には、一体の人形が抱かれていた。


「聖二」


お母様は、そう言いながら人形の頭を撫でる。


「聖二、どうして今日はここにいるのだろうね?」


そう言って微笑むお母様。


あぁ…お母様なりに聖二兄さんへの愛情はあったのかもしれない。


小さい頃から躾と称した折檻をして、思い通りにならなかったから、また折檻をしていた。


亡くなった時には、お金の勘定ばかりしていた。


だけど、今考えたら、お母様なりに聖二兄さんを愛していたのかもしれない。


お金を数えていたのだって、悲しみを紛らわす為だったのかもしれない。


今はもう、その真実は分からないけど。


私は、そう…信じたい。


お墓を掃除して、お花を飾りながら思うのは、聖二兄さんは、たくさんの人に愛されていたのだと思う。


その証拠に、お墓にはたくさんのお供え物があるのだから。


お線香もたくさん焚かれていた。


私達がやってくる前に、お参りした人がいるのだろう。


「聖二、誰のお墓なのだろうね?」


お母様が人形に語りかける。


「大切な方のお墓ですよ」


ひかるさんが答える。


「あぁ、職員さん。そうなのですね。ありがとう」


そう言って穏やかに微笑むお母様。


ひかるさんの事は、自分のお世話をしてくれている施設の職員さんだと思っているみたいだ。


同様に、私や良一兄さんも認識していない。


存在を忘れているかのように、私達の名前はお母様の口から出ない。


「このお兄さんとお姉さんは、何故ここにいるのかしらね?ね?聖二」


不思議そうに人形の頭を撫でる。


心が痛んだ。


お母様から忘れられてしまっている事は悲しかった。


でも、仕方ないのだ。


聖二兄さんだけでも覚えてくれている。


それだけでいい。


手を合わせた時…


『あゆみ、幸せになれよ』


聖二兄さんの声がした気がした。


気のせいか…と、再び手を合わせる。


その後、ひかるさんはお母様の車椅子のハンドル握り


「さ、行きましょうか」


と言う。


「お願いしますね」


人形の頭を撫でながら言うお母様。


ひかるさんは、車椅子を動かした。


3人で歩いていると、良一兄さんが足を止めた。


どうしたの?


私は、不思議に思い


「良一兄さん、どうかしたの?」


と、問いかける。


でも、良一兄さんは、ある一点を見ていて信じられない顔をしている。


私は、その方を向いた。


そして…表情が凍りついた。


「そんな…!」


お寺の入口で、お花を抱えて、立っている人物がいる。


「嘘…」


口に出た言葉


そんな…


バカな…


何で…


だって…


いろんな言葉が頭を埋め尽くす。


だって、そこにいたのは





健一さんだったから…





ひかるさんが、車椅子のハンドルを握り締めて良一兄さんと先に進む。


私は、立ち止まったままだ。


良一兄さんは、すれ違い様に健一さんに何か言った。


健一さんは、頷いてから私に近づいてくる。


「嘘…だって…」


口を押さえながら、私は涙が止まらない。


「幽霊じゃ…」


「ないよ」


私の声を遮るように、健一さんはあの優しい包み込むような声で言う。


「でも…」


私は、あの時…古川さんは…


「あれは、知佳の嘘」


え?嘘?


「知佳は、俺とあゆみちゃんを引き離そうとして嘘をついたんだ。俺には『江藤さんには別に好きな人が出来た』とか言って」


え?彼女そんな事を?


「俺が、それでもいいから会いたいと言ったら、リハビリがあるからとか何とか言いながら止めていた。オカシイと思って問いただしたら、本当の事を言った」


そう言って、ふわりっと私と抱きしめる。


「手術、成功した。約束通り迎えに来たよ」


そう言った。


「遅くなってごめん」


キツく抱きしめられ、私は夢じゃないと自覚する。


「夢じゃないよ…俺は生きている…そして、迎えに来た」


そう言ってから、彼は私にキスを落とした。


私は、一度も言ってない言葉を口にする。


「大好きです、健一さん」


そう言うと、健一さんは顔を真っ赤にして


「不意打ちはナシだって」


そう言いながらも


「俺も好きだよ、あゆみちゃん」


と、もう一度キスを落とす。


何も言えずに、涙だけが零れた。


聖二兄さん…だから…出てきてくれたんですね。


『あゆみ、幸せになれよ』


その言葉の意味を噛みしめる。


聖二兄さん…私…幸せだよ…


「はい、あゆみちゃん」


そう言って小さな箱を出す。


「?」


首を傾げてから、箱を開ける。


「あ…」


小さなダイヤモンドだけど、私には輝いて見える。


「あゆみちゃん」


「はい」


「俺と結婚してください」


「…はい」


思わず返事をしてしまう。


健一さんは、私を抱きしめた。


「よかった…断られたら、どうしようかと思った」


安堵の声。


私は、ただ


「私でいいんですか?」


とだけ、問いかける。


「あゆみちゃんだからいいんだよ」


健一さんは答えた。


健一さんは、私の手を取り


「早速、聖二に挨拶に行こうか」


そう言って、私の手を引いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る