第15話 新しい生活…だけど…

お父様のマンションから通う学校は、何だか慣れない。


内縁の妻―和美さんは、すごく優しい人で…


お父様が、見初めたのも仕方ないかな。


「いってらっしゃい」


和美さんに送られて、私は学校に通う。


学校でも、少しずつだけど友達(?)が出来ていると思う。


相変わらず、休み時間は勉強についての質問が…やってきて。


忙しいけど、私は、楽しい日々を送っていた。


そんなある日の事だった。


「あゆみちゃん」


帰り道、懐かしい声がした。


振り向くと、そこには愛しい人の姿が


2ケ月くらい会ってないけど、もう何年も会ってない…そんな感じだった。


「健一さん…」


私が、照れくさそうに名前で呼ぶと、はにかんだように笑う。


一緒に歩く。


「俺ね…手術…受けるの」


短く、そう言った。


「そうですか…」


私の表情が暗いのが分かったのか


「そんなに、暗くならないで!!俺、頑張るから…」


「え?」


「頑張ったら、ご褒美ちょうだい」


そう言ってから、私の額にキスを落とす。


「え?」


私が目を丸くしていると


「ちゃんと、治したら、迎えに行くよ」


そう言ってから、綺麗な石のついた指輪をはめる。


驚く私に


「今度会う時は…それより、いい指輪もってくるね」


そう言って、彼は私の唇にキスを落とした。






「え?」


目の前が真っ暗になった。


あのプロポーズみたいな出来事から2ケ月…


目の前には古川さんがいる。


「健兄なら、亡くなったわ。手術が失敗してね」


彼女は、涙ながらに言う。


「お葬式は?」


「もう済ませた」


「お墓は…?」


「あなたに教える義務はないわ」


冷たく言い放ってから


「じゃあ、私は行くわね」


そう言って彼女は去っていく。


そんな…


私は絶望した。


私…頑張っていたよ…


なのに…なのに…


どうして…?


その場にへたり込む前に私の腕を掴んだのは真奈美ちゃん…


彼女とは、一番の友達になった。


「どうしたの?あゆみ?」


不思議そうに顔を覗き込んでくる。


私は、青白い顔をしていたのだろう。


「…柴田先輩が…」


私は、絞り出すように声を出す。


「…亡くなったって」


掠れそうな小さな声で言うと


「そんな…」


真奈美ちゃんも驚いたようだ。


「とにかく、落ち着こう」


そう言って、彼女には近くの喫茶店に連れて行かれた。


私は、何も分からず足下もおぼつかない。


椅子に座らされてから、真奈美ちゃんは店員さんにコーヒーを注文した。


「で?どうして?」


真奈美ちゃんの言葉に


「…元々、心臓が悪かったらしいの」


私は、ゆっくりと口を開く。


「手術を受けるって、2ヶ月前に…それで…」


そこで私は顔を手で覆う。


「それ知らせてきたの誰?」


冷静に私に聞いてくる真奈美ちゃん。


「…彼の従妹」


私は短く答える。


「あぁ…あの子か…」


真奈美ちゃんは納得したようだ。


「お葬式とかは?」


真奈美ちゃんの問いに私は首を横に振り


「私には教えたくないみたい。柴田先輩の…健一さんが亡くなった事を告げた後、そのまま帰ったから」


「…ふぅーん」


そう言ってから、最初に店員さんが置いていった冷たい水を口にする。


「で?あゆみはこれからどうしたいの?」


真奈美ちゃんの言葉に、私は詰まる。


どうしたらいい?


私、どうしたら?


健一さんがいたから…健一さんのお陰で私は変われた。


一緒にいたくて、一緒にいられると信じて頑張った。


でも、健一さんはもういない…


そう思うと涙が溢れてくる。


「あゆみ…私今から酷な事言うけど許して」


と、真奈美ちゃんは前置きをする。


「あゆみが変われたのも、頑張っているのも、すべて柴田先輩のお陰だと思う。でも、先輩はもういない…じゃあ、これからあゆみがどうしたいのか、ちゃんと自分で考えないとならない…そう思う」


「うん」


私は、コクリと頷く。


「あゆみは、これから、どうしたい?先輩を想って前を向く?それとも、昔みたいに無気力に戻る?」


真奈美ちゃんの言葉に、私は考える。


もう私が生きる理由は無くなった。


健一さんという存在が無くなった。


だから、私には…もう…


でも、違う。


そんなの健一さんは望んでいない。


…聖二兄さんだって、そんなの望んでいない。


私は、首を横に振ってから


「私が頑張る理由は無くなった。でも、昔みたいに戻っちゃダメ。そうしたら、あの人が私に与えてくれたモノの意味が無くなってしまう。あの人が命をかけてまでやろうとした事が意味を無くしてしまう。だから、前みたいに戻らない。前を向くよ」


強がってみたけど、本当は違うんだ。


本当は、無気力に戻りたい…


その方が楽だと思う。


何も考えないで、周囲の言う通りにしていれば、きっと楽。


でも、そうしたら、聖二兄さんの願いが、健一さんが命がけで私に与えてくれたモノが、何の意味も無くしてしまう。


それは絶対にダメだ。


聖二兄さんの為にも、健一さんのためにも、何より私の為にも、前を向いて歩いて行かなきゃ。


「うん、そうだね」


真奈美ちゃんは、満足そうに頷いてから


「今日は、私のおごり。ま、コーヒーだけどね」


そう言って、フフフを笑う。


私も笑う。




前を向こう。


これから先、私は前を向いていこう。


大丈夫。


聖二兄さんや健一さんが見守ってくれている。


だから、大丈夫。


精一杯前を向くよ。


歩いて行くよ。


だから…見守っていて。




私は、それから真奈美ちゃんと話をした。


「やっぱさぁ、あゆみ。せんせー向いているよ」


真奈美ちゃんの言葉に


「そうかな?」


私は、自信なさげに答える。


クラスの皆に、請われるまま勉強をいろいろ教えてはいるけど…


「うん、あゆみの教え方、めっちゃ上手いよ。いいせんせーになると思う」


そう言われると、何だか嬉しくてくすぐったい。


「じゃあ、考えようかな…」


私が言うと


「そうそう、選択肢の一つとしてさ。考えてみなよ」


そうこうしている内にコーヒーが運ばれてくる。


それを口にしてから


「真奈美、今、自分は楽しいと思う?」


唐突な問いに、私は驚く。


楽しくない…そう言ったら嘘だ。


でも、健一さんはいない今はもう…楽しくないのも嘘では無い。


「さっきまでは、すごく楽しかった…でも、健一さんの事があって、少し落ち込んで、今はどうなんだろうね。よく分かんないや。でも、楽しくなれるようにするよ。そう願ってくれている人達がいるからね」


そう言って真奈美ちゃんを見てから


「心配してくれてありがとう」


と、真っ直ぐ彼女を見て言う。


真奈美ちゃんは、目を丸くして驚いてから


「いいよ。友達でしょ?」


少し照れながら真奈美ちゃんが言う。


―友達―


私には縁が無いと思っていた。


それが今、こうやって友達と言ってくれる人と話が出来ている。


それもこれも、健一さんのおかげ。


ありがとう、健一さん。


心配しないで…


私、前を向いて歩くから。


いつか、聖二兄さんや健一さんに褒められるように…


精一杯、頑張るから。

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