第13話 お見合い

それから、数日後


「あゆみさん、おきれいよ」


お母様に言われても嬉しくもなんともない。


私が着せられているのは、上品なデザインと布地で作られたワンピース。


今日、今からお見合いをする。


お母様は、今から会う人と結婚をさせる気満々だ。


私には、そんな意志ないけど。


とにかく、今日は、先方に直接断ろう。


そう決意していた。


お母様も、綺麗な和服に着替えている。


「さ、行きましょう」


そう言って、連れてこられたのは、老舗高級ホテルの特別室みたいな個室。


エントランスでお父様に会う。


お父様の顔は、あまりまともに見ない。


いつも仕事ばかりで、会社の近くにマンションを買って、そこで生活しているからだ。


たぶん、内縁の妻…というのがいるのだろう。


お母様は、知らないふりしている。


見ず知らずの女性に旦那を寝取られたなんて、この人にとって屈辱でしかないから。


それでも、離婚しないのは、お父様が優秀な人材であるから。


お父様が、会社から抜けると大損害だと分かっているから。


お父様が、婿養子だから立場弱いのは知っている。


だから、お母様には逆らえないって事も。


でも、その人の事は愛しているのだろうな。


お父様が唯一、お母様に逆らっている事。


それが、今、マンションで待ってくれている人。


私は、それを悲しいとは思わない。


別に、興味がないから。


お父様とお母様が、どうであろうと私には関係ないから。


「お父様、お久しぶりです」


私の言葉に


「あぁ」


短く曖昧に答えるお父様。


お母様は、お父様を見ようともしない。


仮面夫婦…て言うんだね、これ。


別に構わないけど。


3人で個室に入ると、もう先方はやってきている。


中々のイケメンさんですね。


それに頭もよさそう。


お互いに自己紹介に入る。


長谷川陽一さん。


それが彼の名前。


年齢は、7つ上の23歳。次男坊。


この前、大学を卒業して、父親の会社に入ったそうだ。


人当たりよさそう。


でも、人間って内に何を秘めているか分からないよね?


「あの…」


他愛もない談笑の中、長谷川さんが口を開く。


「あゆみさんは、この結婚について、納得されてますか?」


もっともらしい質問。


私が答えようとすると


「もちろんですとも。娘も、是非に…と」


お母様が答える。


「私は、あゆみさんに聞いているのですが?」


長谷川さんがお母様に鋭い眼光を向ける。


「どうですか?あゆみさん」


長谷川さんの問いに


「私は、納得してません」


そう答えた。


「あゆみさん!!」


お母様の絶叫にも近い声が聞こえる。


「私は、相手の事もよく知らないのに、好きでもないのに、結婚はしたくありません」


そう言って立ち上がって


「私は、今日、この話をお断りするつもりで来ました」


そう告げた。


お母様はもとより、お父様や先方のご両親も驚いている。


だが、長谷川さんは冷静だ。


「やはり、そうでしたか…」


静かに告げて


「僕も、同じ事をするつもりでしたよ」


そう言ってから立ち上がり


「では、この話は無かったという事で」


そう彼が言うと


「陽一さん!!」


長谷川さんのお母様が声を上げる。


「陽一さん、分かっていますか?この話は会社にとって…」


「自分の結婚相手は自分で決めます」


そう言ってから、私を見てニコリと笑い


「君にもいるのだろう?心に決めた人が」


そう言ってから部屋を出ていく。


「あ…」


小さな声を上げて、長谷川さんのお母様が倒れた。


「あ…あ…あゆみさん」


お母様はかじろうて、意識を保っている。


私は、頑張って凛として


「何でしょうか?」


と問いかける。


いきなり、平手打ちの音が響き渡る。


「あなたは!!自分のした事が分かりますか!?」


母の怒号に、周囲は驚いている。


「この話は、江藤コーポレーションにとって、大事な縁談だったのですよ?それを…」


わなわな…と震えている。


私は、打たれた頬をおさえて


「私は、私は、お母様の人形ではありませんから」


そう言った後、お母様はもう一度、平手打ちをしようとしたけど


「やめないか、藤子さん」


その手をお父様が止める。


「何をなさるの!?この子に、ちゃんと!!」


お母様は、その手を振りほどいた。


「この話は、最初から成立してなかった…そういう事ですよね長谷川さん」


確認するように、長谷川さんのお父様に尋ねる。


「そのようでしたな」


長谷川さんのお父様は、冷静に答える。


「どうやら、我々の空回りだったらしい」


冷静な声に


「何をおっしゃいますの?この話は、双方の会社にとって…」


お母様は何か言おうとするが


「本人の意思を無視してですか?」


長谷川さんのお父様の言葉にお母様は


「会社の為に、家を守るために婚姻をするのは…」


「今は、時代が違いますよ」


長谷川さんのお父様の言葉に、お母様は押し黙る。


「この話は、無かった事にしましょう」


そう言ってから、電話をして倒れている長谷川さんのお母様の為に救急車を呼んだ。


お母様が怒っているのは分かる。


でも…


これが…


私の出来る事…


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