第12話 変化

あれから数日―


私は…


「おはようございます」


と、初めてクラスメイトに声をかけた。


「お…おはよ」


私に声をかけられたクラスメイトは戸惑っていたけど、返したくれた。


まずは…一歩…


私は、聖二兄さんのようになろう…聖二兄さんのように生きようと決めた。


いろんな人達に慕われていた聖二兄さん。


そんな人になりたい…そう思った。


だから、まずはクラスの皆と溶け込まないと…


そう思って、声をかけた。


席に座った私。


皆が珍しそうに私を見て何か話している。


その視線は、すごく痛いけど…


でも、大丈夫。


私、頑張ります。


だから、健一さん…


あなたも頑張って養生してください。


周りの痛い視線に堪えた。


相変わらず、お母様は藤井さんを監視人として置いているけど。


それでもいい。


私は、早く大人になって、そして、お母様から解放される。


それまでは、監視の目は我慢しないとならない。


縁談の話があっても、断ろう。


お母様の事だから、陰で話を進めるだろう。


だから、従うフリして、相手に直接断ろう。


そう思いながら、私は過ごしていた。


「あゆみさん」


すっかり、お母様との間には溝が出来ていた。


「なんでしょうか?お母様」


私は、抑揚のない声で答える。


「今度、長谷川のご子息との見合いがあります。よろしいですわね?」


断る事を許さない、そんな気迫が見える。


「…わかりました」


そう答えてから、勉強をする。


私は、決めている。


大学に行く。


でも、学費免除の奨学生になる…と。


その為には、たくさん勉強しないと…


私は決めていた。


この家を出ようと。


出て、この家と…


だから、勉強の手は緩めない。


そんな事とは知らないお母様は


「最近、前のように戻ってくれて嬉しいわ」


と、言う。


「あんな人間と関わらなくなったからね」


そう言って、私に肩に手を置く。


「お母様」


私は、嫌悪感を抑えてから


「今は、勉強中ですので」


と、短く言う。


お母様は、肩に置いた手をパッと離して


「そうでしたわね。お邪魔してごめんなさい」


満足げに部屋を後にした。


触られた肩に嫌悪感がする。


まるで、嫌なモノに触ったような…


私は、勉強の手を緩め、お風呂に入る事にした。


着替えて、汚れを落とすように流して…


いつも思い出すのは、健一さんの事。


元気にしてるかな?


手術、受けたのかな?


でも、私に知る権利なんてないよね?


だけど、好きでいてもいいですか?


私の初恋…


大切にしてもいいですか?





健一さん…大好きです。




「江藤さん」


初めてクラスメイトに声をかけられました。


確か…伊藤真奈美さん…だっけ?


「はい?」


私が、参考書から顔を上げると


「ねぇ、分からない問題があるんだけど…」


そう言って、数学の教科書を持ってくる。


私は、それで理解した。


「いいですよ。何でも聞いてください」


出来るだけ笑顔で答えた。


ドッと湧くクラス内。


『ちょ…今見た?笑ったよ』


『笑った、笑った』


『何?ちょっと可愛いんだけど』


『やっべ…笑うと美人じゃん』


『クールビューティーって思っていたのに、意外だ』


なんて、声が聞こえる。


私が笑顔で笑っただけで、こんなに湧くか?


伊藤さんは、お構いなしに


「ここ何だけど…」


そう言って、先日習ったばかりのページを開く。


「ここはですね…」


そう言ってから、自分のノートに方程式を書く。


「この方程式を使えば、簡単に解けますよ」


そう言うと


「あ、なるほど…」


伊藤さんは、納得したように頷く。


「また、何か分らない事あったら、教えてくれる?」


その言葉に


「どうぞ、私で出来る事なら」


笑顔で答えた。


「ありがとう!!」


そう言って彼女は、私に抱きつく。


「ちょ…私も聞きたいとこあるのー」


「何、やってんだよ伊藤!」


「俺も聞きたいとこあるー」


そう言って、クラスの皆が群がる。


「私、ここが分からないの」


我先にと並ぶクラスメイト達。


それから、休み時間は、質問タイムになった。


教師より、教え方上手いって言われた。


そうなのかな?


「江藤さんは、教師になるべきよ」


珍しく、暇な休み時間。


あれから、少し仲良くなった伊藤さんに言われ


「そうかな?」


「教え方上手いもん。悪いけど、先生達の教え方より上手」


そう言われると恥ずかしい


「どこの大学受けるの?」


伊藤さんの言葉に


「えっと、奨学金で行ける大学があれば…そこに」


「え?でも、家、金持ちでしょ?」


「…うん、でも余り親に甘えたくないから」


本当は、両親を嫌悪しているなんて言えない。


「ふう…ん」


と、言ってから


「そういや、最近、来ないよね?柴田先輩」


その言葉に固まる。


「江藤さんが変わったきっかけって、やっぱり柴田先輩なんだよね?」


ストレートな質問。


私は、頷いて


「私、あの人みたいになりたいって思うの。だから…」


笑顔で答えると


「やっぱり、柴田先輩好きなんだ」


これまた、ストレートに核心をついてくるなぁ。


顔が赤くなっているだろう。


「図星かぁ」


伊藤さんは、ケラケラ笑っている。


「でも、最近、来ないよね?どうしたんだろ?」


伊藤さんが不思議そうに言う。


「忙しいんですよ。7つも違うんですよ。いろいろと忙しいんですよ」


病気のせいだとは、言えない。


「そうかな…」


伊藤さんは納得出来ない様子だったけど、始業を告げるチャイムがなる。


「また、後でね」


そう言って、彼女は自分の席へと戻って行った。


健一さんの事が話題に出て、胸が苦しくなった。


今も、あの人は、病気と戦っている。


もしかしたら…と考えたりもしている。


そんな事はない!!


あの人が病気に負ける訳が!


そう思いながら、私は授業に集中する。


あの人が戦っているなら、私も戦う。

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