第9話 監視の目

次の日から、私の送り迎えは、車になった。


私を送り迎えしているのは、父の会社の系列にあるセキュリティー会社。


お母様が手配したのだろう。


「あゆみ様」


そう言われてドアが開く。


学校の生徒が、珍しそうに見ている。



注目されるのは好きじゃない。


むしろ、迷惑だ。


でも、これも私がお母様に反抗したからだと思う。


ただ、願うのは…


どうか、柴田先輩に何も危害が及びませんように…


と願うばかりだ。


そんな監視の目が続く毎日。


最近、柴田先輩が学校に来る事がない。


まぁ、その方がいい。


あんな別れ方したんだ。


来なくて当然。


でも、もし来たら、来てあの事がお母様の知られたら…


お母様の事だ、柴田先輩に何をするか分からない。


だから、祈った。


もう来ないでって。





『知ってた?江藤さんの話』


『何何?』


『今、SPみたいのがついているでしょ?おしゃべりな子がいてね、そのSPに柴田先輩の事を話したみたいなのよ』


『うわっマジで?』


『私、噂で聞いたんだけど、江藤さんのお母さんって目的の為なら手段は選ばないし、誰が傷つこうが関係ないって人なんだって』


『うわっ最悪じゃん』


『だから、何らかの形で柴田先輩に…』


『サイテーなんであんな子の為に柴田先輩が傷つかないとならないの?いい人なのに』


『そうよ…あんな子の為に…』


『でも、あの子に手を出したら、仕返しに何されるか分からないしさ』


『最悪だよね、あんな子、いなくなればいいのに』




てな会話をトイレで聞いた。


どうしよう…


私の為に…


柴田先輩が…


どうしたら…


…私が、お母様に逆らったから…


柴田先輩を好きになってしまったから…


だから…


悪いのは私。


すべての原因は私。


…もういい


あの子達の言う通り


私がいなくなればいいんだ。


私がいなくなれば…


始業のチャイムが鳴る。


トイレから出た私。


私が向かった先は教室ではなくて下駄箱だった。





そっと、裏門から出た私。


ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。


どこに行けばいい?


どこに行けば…私は…


歩いているうちに、高層ビルの立ち並ぶ街にでる。


学校が小さい。


こんなに歩いたんだ。


雑居ビルが見つかる。


ここなら…


そう思って、脇にある階段を、1段ずつ上って行く。


屋上に辿り着いた。


フラフラとした足取りで進む。


手摺に手をかける。


眼下に見えるのは、まばらな通行人。


ごめんなさい…


今から迷惑をかけます。


手摺の乗り越えて、飛び降りようとする。


だけど…


私は、飛び降りる事が出来なかった。


【ガシッ!!】


と誰かに掴まれ、手摺の内側に引きずり込まれた。


「バカ!!何やっているんだ!!!」


本気で怒っているのは、柴田先輩。


なんで、こんな所にいるの?


目を丸くしていると


「偶然見かけたんだよ。フラフラと歩いている姿を。追ってみたら…」


そう言ってから私を抱きしめる。


「聖二の所に行こうとか考えるな!!」


抱きしめられた。


温かい…


心地いい…


涙が溢れてくる…


「はい、そこまでね」


入口から私専属のSPである藤井さんが言った。


コツコツ…と音を立てて彼はやってきた。


「あゆみお嬢様。お迎えにまいりました。お屋敷でお母様がお待ちです」


ニコっと愛想笑いを浮かべる。


「それと、そこの柴田君だっけ?もう2度と、あゆみお嬢様に近づかないように釘を刺したはずなんだけど?これ以上近づけば、おたくやおたくの周辺に迷惑がかかるって」


その言葉に、グッと拳を握り締める。


「…お母様の命令なのね?」


私の問いに


「そうです。お母様はあなたを思って…」


藤井さんの言葉を遮り


「あんたら、そんな脅迫まがいのことやって楽しい?」


柴田先輩が言う。


「…脅迫だなんて失敬な。私達は丁重にお願いをしているじゃないですか?あゆみお嬢様から手を引いてくださるから、いくらでも払います。そう奥様はおっしゃっているんですよ」


そう言って、額面の書かれていない小切手を出す。


「こんなもん、いりません」


そう言って、柴田先輩は、それを突っぱねた。


お母様…どこまで…


私は立ち上がり、その小切手を手に取った。


そして


【ビリっ】


と勢いよく破る。


目を見開く藤井さんに


「お母様とお話します」


私は言った。


本当に、目的の為なら手段を選ばない…


そういう人だから。


「柴田先輩、助けていただいてありがとうございます」


そう言って頭を下げる。


踵を返すように


「藤井さん、行きましょう」


私の気迫に圧されたのか


「分かりました」


かけているサングラスを上げる。


「待って…!!」


後ろから、柴田先輩の声が聞こえたけど、無視した。


お母様と話をしないと…


藤井さんに連れられて、屋敷に戻る私。


「お嬢様がお戻りになりました」


藤井さんの言葉と私の姿をみて、お母様は安堵したように


「よかった…学校からいなくなった、と聞いた時には…心配したのよ」


そう言って私を抱きしめようとしたけど、私はそれを交わした。


「あゆみさん?」


驚いているお母様。


私は


「もう…私を苦しめないでください」


とだけ言った。


「あゆみさん」


「お母様がやっている事は、私を苦しめているだけです」


私は、しっかりとお母様を見据える。


今までと違う私の態度に


「あゆみさん、どうしたの?藤井、何かあったの?」


そう言って、藤井さんを見る。


藤井さんは、チラリと私を見てから


「近くの雑居ビルから飛び降りようとしてらっしゃいました」


と答えた。


お母様の顔色がみるみる変わる。


「どうして!?」


私の肩を掴む。


「お母様が、私を追い詰めたんです」


私の答えに


「え?私が?あなたを?何を言っているの?私は…あなたの事を思って…」


「そうやって、やった行為が、すべて私には重かった…ツラかった…」


涙ながらに訴える私だった。


でも、お母様は、私を平手で打ってから


「あなたは、私の言う事をだけを聞いておけば幸せになるの!!」


「愛してもいない人と結婚する事が幸せですか!?」


頬を押さえながら私は言う。


「結婚に愛なんて関係ないわ!!!お金よ!お金があれば幸せなの!!」


「違います!!」


母の言葉を、全否定する。


「…どこが違うの?藤井、あの小切手はどうしたの?例の男はそれを受け取ったの?」


藤井さんは迷いながら


「あゆみお嬢様が、破りました」


「あゆみ!!!」


そう言ってから、もう一度平手で打つ。


「なんて事をしたの?相手は、受け取るつもりだったのでしょう?」


「いえ、受け取るつもりはなかったようです」


藤井さんの言葉に


「な、何故?どうして?目の前に大金を積まれたのに…どうして?」


お母様が頭を抱えている。


「世の中、お金で買えないモノがあるんです」


私が、そう言う。


お母様は、修羅の顔になる。


「お前もそうなのかい!聖二と同じように!!私の…私の期待を裏切るつもりなのかい?」


そう言ってから、私の頬を打つ。


何回も何回も。


「奥様、おやめください!」


藤井さんやメイドさんが止めに入るけど


「放しなさい!この子に教えてやらなきゃ…親の期待を裏切る事がどれだけ…」


「いい加減にしてくれますか…?」


その声を聞いても、何の感銘も受けない。


お母様の表情が見る見る明るくなる。


「良一さん!!」


良一兄さんに縋りつこうとするお母様。


良一兄さんは、それを交わして


「久々に帰ってきたら、何ですか?お母様は取り乱しているし、あゆみは頬を赤くしている。これはどういう事ですか?」


良一兄さんの落ち着いた声。


この人も、お母様と同じ、自分の為に他人を犠牲にしても構わない…そんな人種だ。


「あのね、良一さん、あゆみが変な男に捕まって…」


お母様の話を黙って聞いている良一兄さん。


ふと、藤井さんを見る。


「柴田健一…という名前に覚えは?」


藤井さんの言葉に、眉を顰める。


「僕の同級生だが?」


「その方が、あゆみお嬢様に近付いているので、少しばかり…」


その言葉で、良一兄さんは理解したようだ。


「そうですか…」


それだけ言って、もう一度お母様を見る。


「良一さんからも、よく言い聞かせて。そんな輩に関わると、あゆみさんの将来に傷がつくって」


お母様が哀願するように言うと


「あゆみ…お母様を、あまり困らせるな」


と短く言った。


私は、腹が立って、その場から立ち去った。


「あゆみさん!」


後ろから、お母様の声が聞こえているけど、無視して自分の部屋にこもった。


涙が止まらない。


涙が…


会いたい…


会いたいよ…


柴田先輩…


会いたいよ…



私に対する監視は強くなっていく。


それが分かる。


登下校だけじゃない。


学校の周辺にもSPを配置して、私を監視している。


どこまでも…私を追い詰めるつもりなのか…


お母様…あなたは何も分かっていない

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