第8話 赤面です

「思い出しました。あの時の…聖二兄さんが亡くなる1年前に会った学校の先輩…それが柴田先輩だったんですね」


そう言うと、柴田先輩は少し笑い


「やっと、思い出してくれたか…?」


「ええ、思い出しました」


私の言葉に、苦笑しながら


「やっぱり、まだ思い出してないな」


と言う。


何をですか?


「6年前に約束したんだけど…」


柴田先輩の言葉に首を傾げる。


一体私は何を、この人を約束したんだろう。


必死に記憶の中を探る。


そして


「あ…」


と、同時に顔が赤くなった。




『お兄ちゃんが大人になって、あゆみちゃんが大人になったら、あゆみちゃんをお嫁さんにしたいなぁ』


『いいよ。聖二お兄ちゃんが大好きな人なら、あゆみも大好き!』


『じゃ約束ね』


『ゆびきりげんまん…』




「思い出したみたいだね」


苦笑したままの柴田先輩に


「いや…あれは…その…子供の約束…というか」


こんなに動揺するなんて初めてな気がする。


「俺、ゆびきりげんまん、守りたいんだけど」


くしゃりと笑う顔。


私は、顔を逸らして


「そんなもの…無効です。それに…」


「それに…?」


「私には、婚約者…になる方がいます」


そうだ、こうやって線を引かないと、どんどんハマっていく。


「婚約者?どんな人?」


柴田先輩の問いに、私は首を振り


「知りません。ただ、今度会う約束になってます。母が選んだ人です」


しばらく続く沈黙。


「それって、君の意思じゃないよね?」


痛い所をついてくる。


それは、言い返せない。


お母様が選ぶんだから、だぶん、人格とかしっかりした人だと思う。


私は、お母様の言う通りその人と婚約したらいいんだ。


「でも、母が選ぶから、いろんな意味でしっかりしている人だと思います」


頑張って、線を引いて…私。


「あゆみちゃんは、それでいいの?」


「え?」


「親に何でも勝手に、自分の将来まで決められて…それでいいの?」


どうして、怒っているんですか?


意味が分かりません。


「だって、子供だから親の言う事を聞くのが当たり前…」


「今の君を…聖二は…あいつは、どう見ているだろうね」


カチン…ときた


「どうして、あなたに!!そんな事まで言われないといけないんですか!?


怒りに任せて言葉を吐いてしまう私。


そうだ、この人に私に人生について、口出す必要があるというの?


「君が好きだからだよ!」


は?


何を言っているんですか!?


意味が分かりません!!


「何を!言って…」


その瞬間、何が起こったのか分らなかった。


ただ、一つだけ…


私は、この人と柴田先輩とキスしていたって事だけ。


ハッとしてから、急いで離れる。


「な、何をするんですか?」


動揺したまま私が聞く。


「君が愛しい、愛しくてたまらない。だから、そうした」


「私の同意なしにですか?」


そこで押し黙る。


「それは…悪かったと思っている。でも…」


「もういいです!!今の事は忘れます!!だから…」


頬に流れる涙。


「私には、関わらないでください!!」


そう告げてから、私は柴田先輩の前から去って行った。


初めて…キス…


恋をしている相手だから、嬉しいはずなのに…


私の心は…複雑だ。


嬉しい…悔しい…怒り…


いろんな感情が、ぐちゃぐちゃに入り混じって、何て表現したらいいのか分らない。


でも、私は、そのキスを受け入れた。


それは事実。


確実に、あの人に柴田先輩に惹かれている自分がいた。


「あゆみさん、何をしていたのですか?」


帰って来たのは、暗くなってから。


結構、遠くに行っていたみたいで…


しかも、私は世間知らずで、道も知らないから…


迷いに迷って…


やっと、屋敷に到着した。


「すみません、お母様。気分転換に…少し遠くまで行っていたら、迷っていました」


その瞬間、母の平手が飛ぶ。


乾いた音。


痛む頬。


「気分転換?そんなもの許されるはずがないでしょう?あなたは、江藤家の長女なのよ?何かあったら、傷物にされたら、どうするんですか?そうしたら、今進めている話が…」


「その話ですが…」


私は、お母様に切り出す。


「今は、会いたくありません」


と、告げる。


もう一度なる乾いた音。


「何を言っているの?この話は、あなたにとって悪い話じゃないのよ。有名な会社のご子息が、あなたを…」


「顔も知らない相手を愛せません」


そう言うと、またお母様に頬をぶたれた。


「あなたは黙って、私の言う事を聞いていればいいの!!」


「嫌です!!」


初めて、母に反抗した。


「な、な、にを言っているの?あなたは、私の言う事を聞くいい子だったじゃない。もしかして、悪い連中と付き合っているの?他人と関わるなってお母様言ったわよね。他人と関わるから聖二は罰があたって…」


「聖二兄さんを悪く言わないで!!」


私は、思わず叫んでいた。


「あゆみ…」


「私にとって、聖二兄さんは大切なお兄ちゃんです。いくらお母様でも、聖二兄さんの悪口を言うのは許せません」


それだけ言うと、母の横をすり抜けて自室に向かった。


ぶたれた頬が痛い。


気を利かせてくれたメイドが、アイスノンを持ってきてくれた。


そして、食事も。


その心遣いに感謝します。


「お母様は…?」


メイドに尋ねると


「具合が悪い…とかでお部屋で休まれております」


メイドさんが答えた。


「そう…」


少しだけ胸が痛い。


今まで、従順だった私が逆らったから。


お母様にしたらショックだったに違いない。


急に申し訳なくなった。


でも、それをすぐに後悔する事になる。



『もしもし、明日から、あゆみさんの登下校は車でお願い』


『どういう事で?あゆみ様が通っている学校は徒歩30分の範囲のはず』


『あゆみさんが、悪い連中に捕まっているらしいの。だから』


『…ほう、悪い連中に』


『今まで従順な子だったのに、急に態度を変えて…』


『それは俗に言う【反抗期】というのでは?』


『うちの子に関して、そう言う事はありません。良一さんは、私の言う通りに…』


『フッ』


『何が可笑しいの?』


『いや、別に…』


『まぁいいわ。それと、あゆみに付きまとっている悪い連中についても調べておいて』


『何をするおつもりで?』


『大切な江藤家の長女に手を出したんだから、釘を刺しておかないと』


『そうですか』


『お金は、おしまないわ。絶対にあゆみさんから引き離さないと…』


『ま、こちらとしてはちゃんと報酬をいただけるのであれば引き受けますよ』


『お願いするわ』


受話器を置く音。


「あゆみは…絶対に…」

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