第6話 『従妹』

今日は、柴田さん来ていない。


ホッとしているよな、していないよな。


とりあえず、昨日の事があったから、顔を合わせづらい。


恥ずかしくて…


私にも、こんな感情残っていたんだ。


そう思うと、嬉しくて、それで、なんかくすぐったい。


校門には、別の女子高の女の子が仁王立ちしている。


有名女子高で、制服の可愛さに定評がある高校。


下校している誰もが、彼女を見ながら横を通り過ぎていく。


私も、それに倣って通り過ぎようとしたけど


「あなたが、江藤あゆみさんね」


その少女に話しかけられた。


私に、用事なんですか?


でも、一体、何の用事だろう?


極力、人との交流をさけていたから、トラブルは…


あ、まさか…


「私は、古川知佳。柴田健一の母方の従妹よ」


彼女は、そう宣言してから


「あなたにお願いがあるの」


勝気な態度のまま、彼女は


「もう、健兄には近づかないで!!」





え?


固まる私。


「最近、あなたに会う為にここに来ているのは分かっているの」


それは、分かりますが、どうしてあなたにそんな事を言われないとならないの?


「私、建兄の婚約者でもあるの」


彼女は告げた。


「あなたの事は、遊び心で近づいているだけなの」


あぁ…そういう事か…


私の心が、再び凍りついていく。


やっぱり、からかい…か…


そう思うと、涙が出そうになるが、感情が凍りついているせいか、涙は出ない。


「そうですか…でしたら、彼にお伝えください。もう関わらないでくださいって」


そう言って、彼女の横を通り過ぎる。


大丈夫。


まだ、傷は浅い。


恋…と自覚したばかりだもの。


こんな感情、すぐになくなる。


いつものように屋敷に戻ればいい…


でも、それは違っていた。


屋敷に戻っても


苦しいのは変わりなくて


すぐにシャワーを浴びる。


シャワーを浴びながら、私は泣いていた。


泣きはらした目を誰にも見られたくなくて…


私は、具合が悪いと横になった。


一応、部屋に食事が運ばれてきたけど、食べる気になれない。


「あゆみさん、お医者様に診てもらう?」


お母様の問いにも首を横に振る。


「いいです。寝てれば治りますから」


そう言って、布団を被る。


お母様は、しばらくそばに立っていたが


「…ご飯は、ちゃんと食べなさい。それと、学校を休む事は許しませんよ」


それだけ言い残してから、部屋から出ていく。


涙がこぼれてきた。


私、何でこんな思いしているんだろう?


何悪い事した?


ただ、黙ってお母様の言う事聞いて


何もしてないよね?


だったら、何で、こんな嫌な気持ちにならないとならないの?


弄ばれたって


分かった瞬間、何かが壊れた気がした。


聖二兄さん…


兄さんが生きてくれれば


生きてさえいてくれたら…


兄さんの胸に飛び込んで


泣いていたのに…



泣いたまま、私は寝ていたらしい。


手を付けてない食事は、いつの間にか引かれていた。


時刻を見ると朝の5時。


悲しい性かな。


いつもの時間に起きるのね…私。


ゆっくり背伸びしてから、自分の机に向かう。


宿題をしていなかったから。


2時間あれば、宿題は軽く片付く。


そう思って勉強を始めた。


でも、集中できない。


何でだろう?


柴田先輩のせい?


もう忘れよう!!


あんな人…人を弄んでいる人なんて


忘れてしまおう!


でも、何故か上手くいかない。


それでも、必死に宿題を済ませる。


時刻はちょうど7時になろうとしている。


制服に着替えてから、自室から出る。


「おはようございます、お嬢様」


メイドさんの声に


「おはようございます」


小さく答えてから朝食に向かう。


昨日、食べてなかったから、今日の朝食は、いつもより美味しく感じた。


それでも、胸の痛みは収まらない。


「あゆみさん」


お母様が声をかける。


「なんでしょうか?」


私が答えると


「最近、たるんでいますよ。しっかりしなさい」


お母様の言葉に


「すみません、分かりました」


そう答える私。


これでいい…


お母様の言う通りにして


勉強して


一流大学に行って、


一流企業か官公庁に就職して


エリートと結婚して


子供をエリートに育てる。


それが私の決められた道なのだから。


「ごちそうさまでした」


食事を終わらせて、立ち上がる。


「そうそう、あゆみさん」


お母様が、おもむろに言う。


「今度、会わせたい方がいるの」


遠まわしに見合いね。


「分りました」


それだけ答える。


相手が、どんな人かなんて興味ない。


お母様が選ぶんだから、それなりのエリートか将来有望のエリート候補だろう。


この年齢で婚約者が出来るのか


まぁ、昨日会った彼女…古川さんだっけ?


彼女にも婚約者はいるし、別に同級生のお嬢様達にも普通に婚約者はいる。


気にも留めずに私は鞄を部屋に取りに行って学校に向かった。


学校で、針のむしろだったのは当たり前だ。


『聞いた?』


『聞いたよ。江藤さんでしょ?』


『婚約者のいる人とデートしたんだっけ?』


『柴田先輩に婚約者がいるっていうのも驚いたけど』


『そういう人とデートする感覚が分からないわね』


『やっぱり、人をバカにしてるのかしらね』


そんな話声が聞こえてくる。


私だって、婚約者がいる事なんて知らなかったわよ。


私は被害者だよ!!


騙されていたんだよ!!


弄ばれていたんだよ!!


そう言いたいけど、言わない。


言っても、誰も信じてくれないだろうし。


私は、いつもの通りに参考書を広げる。


いつもは、入って行く文字が、その日は入らない。


ダメよ…


試験の順位を落としてしまう。


そうしたら…お母様に…


私は、必死になって授業を受けた。


頭に入るように、必死に何度も復唱した。


それでも、その日の授業は身に入らなかった。

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