第4話 ナンパですか?

「やっほー」


そう言って、私に手を振る柴田さん。


私は辟易していた。


あの日から、毎日のように、学校にやってくる柴田さん。


柴田さんも、この高校の出身者らしい。


先生達が、懐かしそうに話しかけてくる。


それは、いい。


いいけど、何で私に話しかけてくるかな?


「あの…」


私は、それを口にしようとしたけど


「俺、あゆみちゃんが気に入ったんだよね」


答えが返ってくる。


「は?」


あまりの展開に、私は固まる。


「あゆみちゃんが、気に入ったの」


繰り返し言う柴田さん。


でも、私は、どこか冷めてる。


「そうですか…でも、私は興味ありませんから」


そう言って、横を通り過ぎる。


腕を掴まれて


「ねぇ、デートしようよ」


気軽な感じで言ってくる。


私は、それを払い


「お断りします。私にはやるべき事があるので」


一礼して、その場から去ろうとした。


「それって、そんなに大事?」


柴田さんの言葉に足を止める。


【勉強】が大事?


それは、チクンと胸に刺さる。


私は、それを振り払って


「当たり前じゃないですか」


そう答えてから、その場から去ろうとした。


柴田さんは、何か言おうとしたけど


「柴田先輩!!」


周囲に人盛りが出来てしまう。


気さくな先輩で、教師の覚えもいい。


それでいて、顔が少し整っている。


そんな人間を女子が放っておくはずがない。


周りに辟易している柴田先輩。


何で、私なんかに声をかけるんだろう?


疑問が頭をよぎる。


でも、すぐに首を横に振った。


やめよう。


考えるだけ無駄だ。


あぁいう軽い感じの人にとって、私みたいなつまらない人間は、からかいぶりがある

のだろう。


そんな理由だ。


私は、からかいがいのある…そんな人間だ。


そうだよ…


きっとそう…


そう思いながらも、何か感じていた。


そう…どこかで…会ったような?


気のせいよ。


と、首を横に振る。


そうよ、どこかで会っていたとしても、今の私には関係ない。


急いで、家に帰る。


「おかえりなさい、あゆみさん」


玄関先で、お母様が私を迎える。


「ただいまかえりました」


抑揚のない感情。


お母様には、何も感じない。


「試験の結果、どうでした?」


母の興味は、それしかない。


「…トップでした」


それだけ答える。


この人には、これで十分だろう。


何点かとか、二位にどれだけ差をつけたとか、この人には興味ない。


ただ、トップであればいい。


お母様は、喜びながら


「さすが、私の娘ね」


遠まわしに自分を褒めているようにしか見えない。


でも、それを口に出さない。


そんな事しても意味がない。


「良一さんもあちらの大学で、研究が進んでいるみたいだし、我が家は安泰ね」


その言葉に、一瞬、眉を顰める。


「どうかしましたか?」


お母様の問いに


「何も…ありません」


それだけ答えてから、自分の部屋に向かう。


あの人にとって、聖二兄さんは、自分の子供じゃないんだ。


それを突き付けられたような気がした。


自分が産んだ子供のなのに、あの人は聖二兄さんを他人のように扱う。


制服から私服に着替えて、机にある鞄から答案用紙を取り出す。


全種目、90点以上。


それを、くしゃりと曲げてからゴミ箱に入れる。


こんなもの…いらない。


私の欲しいモノじゃない。


じゃあ、私の欲しいものって何?


…欲しいもの?


そんなのない…


だって、私の大切な聖二兄さんは、もういないもの。



私には、何もない。



だから…泣かない。



「やぁ、あゆみちゃん」


今日も相も変わらず柴田先輩に声をかけられる。


「暇人なんですか?」


イラっとして、私は問いかける。


「おっ俺に興味湧いた?」


「いえ、別に…ただ、よくいらっしゃるので…」


「それって、気になるって事だよね?」


「違います」


話すのもイライラする。


どうして、この人にイライラしなきゃいけないんだろう?


そんなの分からない。


ただ、イライラする。


「では、失礼いたします」


そう言ってから、帰ろうとすると


「待って!」


と腕を掴まれる。


「何ですか?」


私は、ムッとしながら答える。


「デートしよ」


「は?」


私が、固まっていると


「デートしよう」


そう言って、グイグイと私を自分の車に押し込む。


「ちょっ…」


私の抗議は聞いてない。


「はい、出発するよー。シートベルトして」


そう言ってから、車のエンジンをかける。


「降ります」


そういう私の声を無視して


「しょうがないなぁ」


と私のベルトを締める。


うわっ近づきすぎ!!!


それに、いい香りがする。


柑橘系…っていうのかな?


爽やかな匂い。


ハッ…って何を私は…


「降ろしてください。私は…!!」


「帰って勉強しないとならない?」


柴田さんの言葉に、言葉に詰まる私。


「なぜ?」


口に出たのは疑問の言葉。


「クラスメイトらしい女の子が教えてくれたよ」


あぁ、そうか…


そういえば、この人の周囲には、人がいっぱい集まるから。


「休み時間は、いつも参考書を読んでいる。他人と関わろうとしない。勉強以外は興味がない。性格は冷たい。感情がない。クラスから浮いている…」


次々と、否定出来ない事を口に出す。


私が沈黙を貫いていると


「ほら、当たりでしょ?」


ニコっと笑う。


その笑い方、好きじゃない。


聖二兄さんを思い出すから。


「あれ?怒った?」


その問いも無視した。


「私は、あなたとドライブとかデートとかするつもりはありません。帰らせてくださ

い」


それだけ言う。


そうだ、私は家に帰らないと、いけない。


異性の人と、車で二人きりになった事とか、お母様が知ったら、どんな目に遭うか。


というか、この人も、どんな目に遭うか。


「それは出来ないなぁ」


軽い口調で言う。


「…誘拐罪ですよ」


ボソリと呟く。


柴田さんはハンドルを扱いながら


「俺を訴えるなんて、君には出来ないよ」


確信があるように答える。


何それ?


私の事何も知らないくせに!!


「ほら、怒っている。やっぱり、感情あるじゃない」


今、わざと怒らせたの?


この人の考えている事分からない。


「…別に、感情がない訳じゃありません」


混乱する頭で、変な事を口走る。


「だったら、どうして、学校じゃあ感情抑えているの?」


至極もっともな質問だが


「答える義務、ありません」


そう言って、そっぽを向く。


話す必要なんてない!!


この人は、何も関係ないんだから。


私の事情なんて話す必要なんてない。


そう…


この時は、そう思っていた。


やがて、車はある海へとたどり着く。


その場所は…


聖二兄さんとの思い出の地…だった。


あれは、聖二兄さんが中学2年生私が小学3年生の時の話。


親戚の家に行った帰り、兄さんは、この海に連れてきてくれた。


「綺麗だろ?」


そう言って、笑う聖二兄さん。


「綺麗だね」


私もニコニコ笑う。


しばらく海の見ていたせいか、帰りが遅くなり、聖二兄さんはお母さんに叩かれていた。


良一兄さんは、その姿を冷やかに見ていた。


お父様?


お父様は、仕事…接待でいなかった。


元々お父様は、婿養子だから立場が弱い。


お母様に頭が上がらない。


だから、聖二兄さんが折檻されていても、見て見ぬふりしていた。


私が、この家で信じられるのは聖二兄さんだけ。


この海を見ると、思い出す。


聖二兄さん…


私の頬には涙が伝っていた。


「聖二…兄さん…」


そう呟く私。


でも、隣に柴田さんがいるの気付いて、慌てて涙をぬぐう。


「…いんだよ」


小さな声で柴田さんは言う。


「え?」


「泣きたい時は、泣いていいんだよ」


はっきり聞こえた声。


その声を聞くと、何故か安心して


それでいて、抑えていた感情が溢れて来て


「ふ…ふぇ…」


涙は、止めようもなく溢れて来て


いつの間にか、柴田さんに抱きしめられていて


その服を、いっぱい濡らすくらい…


私は泣いていた。


どうしてこの人に縋りつくかの様に泣いているのだろう?


この世の中で、そんな事出来たの聖二兄さんだけだったのに…


私の感情を…受け止めてくれたのは


聖二兄さんだけだったのに…


どうしてこの人に…


この人の胸で泣いているのだろう?


どうして安心出来るのだろう?


そんなの分からない


ただ、分かっているのは…


私の中に変化が起こっているって事。


凍りついていた5年間が、溶けて行く。


でも、現実は、そんなに甘くはなくて…


私のスマホが鳴り響く。


自宅からだ。


お母様だろう。


電話に出ようとした私を柴田さんは、止めてから


「出ない方がいい」


と、静かに言った。


「でも…」


「今は、何も考えないで」


そう言って、もう一度抱き締める。


私の手からスマホが落ちた。


柴田先輩がどんな顔をしていたのかなんて分からない。


ただ、柴田先輩の心臓の音が聞こえる。


でも、何か変だ。


何かが変…そう感じた。


「さ、帰ろうか」


体を離して柴田先輩は言う。


誰かと手を繋ぐなんて思っていなかった。


私の胸が高鳴る。




あぁ…



そうか…



私…



この人に…




【恋してる?】



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