第2話 無気力少女

私立栖鳳(せいほう)学園。


それなりの有名大学への進学率を誇る、進学校。


私が…江藤あゆみが通っている高校。


現在は高校1年生…15歳。


今日も休み時間に参考書読んでいる。


『また参考書読んでいるよ』


『成績トップだからって、嫌味すぎない?』


『ほんと、あんな人誰も相手しないわよ』


嫌でも耳に入る、悪口。


でも、私は気にしない。


気にする必要もない。


悪口言われているからって、進学に響く訳じゃない。


成績と品行良性で、教師の覚えもめでたければいい。


大学進学に響かなければいい。


『友達なんて、所詮は足を引っ張るだけです。あゆみ、そういう輩は作らないでおくのですよ』


お母様の言葉の通り


私は友達を作らない。


普段は困らないが、体育とか班を自分達で作って行動しないといけない…修学旅行?の時が困る。


必ず、私は余る。


そして、人数の少ない班へと入らされる。


嫌な顔をされる。


でも、私は


『よろしくお願いします』


なんて言っている。


私に表情なんてない。


必要ないと思っているから。


表情豊かだから、大学へ一流企業へ合格出来るの?


それはない。


面接の時に繕っておけばいい。


こういうのは…得意…たぶん。


休み時間の終わりを告げる鐘が鳴る。


さて、授業に入りましょうかね。


次の時間は国語だ。


その国語教師は、ひと癖ふた癖ぐらいある。


「はいはい、皆さん、予習はしてきましたか?」


初老の教師が入ってくる。


インケン教師として有名な教師。


いつも、答えられないであろう生徒を指定して答えさせる。


でも、私は当たらない。


一度、コテンパンにしてやったからだ。


好きでやっていた訳じゃない。


何となく、気が向いたから。


別に、コテンパンにする気はなかったけど、教師の質問にスラスラ答えた。


逆に、教師の間違いを指摘した。


それだけだ。


それはこの前の話。


だから、私に当てる事は二度としない。


今日も、可哀想な生徒が指名されて、辟易している。


それも見ても、私は何とも感じない。


これくらいの事を答えられないから当てられるのだから。


クラスの全員も知っている。


この教師は、私にだけは指名しないって事。


嫉妬…クラスの全員から感じられる。


好きで成績トップにいる訳じゃないんだけど…


お母様の言う通りにしているだけだから。


退屈な、教師の声が響き渡る。


「…次、江崎読んでみろ」


珍しく、国語教師が私を指名してくる。


クラスが、どよめく。


珍しい…でも、当てられた以上立たないといけない。


私は、文章を詰まる所もなくスラスラと読む。


「…もういい」


国語教諭の悔しそうな顔が見える。


私が窓辺を見ていたから、読めずに困るとでも踏んでいたんだろう。


でも、あいにく、授業の声には耳を傾けてますから。


「はい」


それに従って、席に座る。


「お前らも、江崎を見習って、これくらいの文章を読めるようにならんとな」


…私を引き合いに出すな。


そう思ったけど、まぁいいや…的に窓の外を見る。


白い雲が青い空で流れている。


昔は、5年前までは、このくらいの事で心が躍っていた。


はしゃいで、笑って…


でも、今は晴れていようが雨が降ろうとも関係ない。


私の心は躍らないし、何も感じない。


溜息の先には、知らないクラスの体育の授業。


サッカーかぁ…


そういえば、好きだったなぁ…聖二兄さん。


その名前を思い出すと、私の心が痛む。


もし、聖二兄さんが生きていれば、私は、どうなっていたのかな?


もしかしたら、この無気力な生活は送っていなかったと思う。




江藤聖二…享年17歳


私の二番目の兄。


6歳離れた妹の面倒をよくみてくれた。


遊んでくれたし、勉強も教えてくれた。


一番目の兄…江藤良一は、私の事なんて気にかけてもくれてない。


視界にも入っていない。


それは、それで構わなかった。


私には聖二兄さんがいたから。


聖二兄さんは、面倒見がよくて、いろんな人に慕われていた。


家が厳しかったから、遊びに行く…という事は出来なかったが、その人柄から、いろんな人達に慕われて、私の憧れの人。


勉強も、聞かれたら教えていた。


一番目の兄が常にトップをキープしているのに対して、聖二兄さんは、上位にいるだけでトップにいない。


お母様は、それが気に入らないのか、聖二兄さんを折檻していた。


まぁ…虐待?


だけど、聖二兄さんはお母様のやる事を気にも留めずに、私や友人達の面倒をみてくれた。


でも、5年前、小さい子供を庇って交通事故に遭い、頭の打ち所が悪かったらしく、聖二兄さんは帰らぬ人となった。


お母様は、その葬式で


『他人の面倒を見るから、罰が当たったんですよ』


そうボソリと呟いていた。


初めて母に反抗心が生まれた。


でも、私はまだ、子供。


親に逆らうなんて出来ない。


聖二兄さんという心の拠り所を失った私は、何に対しても無気力。


お母様の言う通りに生かされるしかなかった。




5年間、お母様の言う通りにしてきた。


勉強以外には、何もせずに


朝5時に起きて、顔を洗ってから勉強。


朝7時にご飯を食べて登校。


授業を受けて、放課後はすぐに家に帰る。


すぐに勉強。


ご飯を食べて


お風呂の中でも頭の中で復習。


髪を乾かしてから、また勉強。


そして10時に就寝。


それが私の日常。


無気力な日常。


5年間、何も変わらない。


きっと、これからも変わらない。


大学に進学して


就職して


結婚して


それからも、ずっと


私は変わらない。


無気力な自分は変わらない。


でも、これでいいんだよ。


成績トップをキープしていれば…


それで…


いいんだよ。


時々思う。


聖二兄さん…なぜ…死んでしまったの?


5年前は、生き残った子供を恨んだりした。


私から聖二兄さんを奪ったのだから。


でも、それも…日に日に薄れていった。


だって、私は無気力な人間だもの。


そんな事を考える事も億劫になってきた。


窓辺で聖二兄さんを思い出していると、授業の終わりを告げるチャイムがなる。


「えー、ここは試験に出すからな」


国語教諭は、そう言い残して教室を去っていく。


ざわめいている教室。


私は、参考書を開いて、さっきの続きを始める。


単調で、それでいて穏やかな毎日…


それは、ある日突然、崩れる事になるなんて知らないでいた。



でもね…



私…



よかったって思う



だって、あなたに出会えたのだから…



聖二兄さんが…



…していた…あなたに…

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