××立入禁止区域××
ここプロ
第1話 クラブハウス棟の地下一階(1/2)
私がまだ大学生だったころの話です。私の大学のクラブハウス棟に、立ち入り禁止の区域がありました。
年季の入ったコンクリート造りのクラブハウス棟には、1~3階と地下1階の四つのフロアーがあります。実際に使われているのは一階から三階までで、地下は使われていません。
地下につながる唯一の階段には隙間なく板が打ち付けてあって、入れないようになっています。大学からは立ち入り禁止の場所に指定されていました。
といっても地下には非常口もなく、窓もないため、入るどころか中の様子を知ることもできなくなっています。
どうして立ち入り禁止になっているのかは今でもわかりません。
昔、地下で自殺をした学生がいたとか、ガスが漏れて事故が起きたとか、まことしやかな噂はいくつもあります。
ただ、私は思ってるんです。地下一階が立ち入り禁止になってるのは、あの部屋のせいじゃないかって。
夏休み半ばの涼しい夜でした。
私と登山部の先輩二人(A先輩とB先輩とします)は、合宿の帰りに大学へ寄ったんです。その日は合宿の最終日で、運営を担当していた私達は部室に備品を返しにきていました。
本当なら次の日に部室へ返せばいいのですが、A先輩の出した車は先輩のお兄さんの借り物らしくて、次の日には車を返さなきゃいけないって事情があったんです。
教授のいる研究棟と警備の人が常駐している建物を除いて、学内の明かりはほとんど消えていました。もちろんクラブハウス棟も真っ暗でした。
A先輩が「入り口の鍵どうすんだよ」と聞くと、B先輩は「大丈夫。窓開けといたから」と言って部室の窓を開けました。クラブハウス棟の入り口は夜間に施錠がされるため、B先輩は最初からこのつもりで、出発前に部室の窓の鍵を開けておいたのだそうです。
「よっし。ちゃっちゃと片付けようぜ。
△△(A先輩)と俺は重い系、◇◇ちゃん(私です)は軽い系担当な」
部室は一階で、窓から入るのは女子の私にも簡単でした。順番に部室に入り、それからだいたい十分くらいだったと思います。勝手知ったる先輩方のお陰で片付け自体は手早く終わりました。
それで窓から出て帰宅……の予定だったのですが、そのときB先輩が「トイレに行きたくなった」と言い出しました。
「ちょっと行ってくるわ」
B先輩は部室を出て、トイレに向かいました。A先輩は「明かりつけんなよ。警備の人に見つかるかもわかんないからな」と忠告して見送りました。
それから多分……三分くらい後でしょうか。B先輩はすぐに戻ってきました。
私とA先輩はそれですぐ帰るつもりだったのですが、B先輩が「マジびびったわ! お前らもちょっと見に行こうぜ」って言うんです。少し興奮気味に見えました。
「はあ? 何があんの」A先輩はだるそうな感じに返事をしたのですが、興奮気味のB先輩がA先輩を引っ張り、私もそれについていく形になりました。
トイレは一階の中央にあります。その脇に二階への階段と、例の板張りされた地下への階段があります。
それでB先輩に続いてトイレの傍まで行ったとき私は、たぶんA先輩も一目で違和感に気がつきました。
普段は板張りされている地下への階段が開いていたんです。
私は入学以来、この板がなくなっている状態を一度も見たことがありませんでした。むしろ封鎖されているのが当たり前になっていて、地下に続く道がすごく異質に思えました。
ぽっかりと開いた穴のような暗闇から冷たい空気が流れてきます。少しかびの匂いもしました。
「何これ。なんで開いてんの」
「わかんね。近いうちに工事があるとか聞いたけどその関係じゃね?」
先輩方が口々に疑問を出しました。私はやりとりをなんとなく聞いていたのですが、そのうちB先輩が
「なあ、下どうなってんだろ」
と、言い出しました。言いたいことは私達にもすぐ伝わって
「やめときましょうよ。なんか……怖いですよ」
「そうだって。老朽化とかもあるし」
などと制しました。けどB先輩は「でも気になるじゃん。ちょっとだけ、な?」って、強引に誘おうとするんです。
私達は粘り強く説得を試みようとしました。ですが押しの強いB先輩を止めきれず、ほんの少しだけという条件で地下への階段を降りることになりました。
三人で地下一階に降ります。降り切った階段の脇には電灯のスイッチがあって、A先輩が反射的にスイッチを入れました。
廊下の蛍光灯は普通につきました。いえ、何本かは切れていましたが、様子がわかる程度には明るくなりました。
「あ、やば」
A先輩はあわてて電灯を消そうとしましたが、「大丈夫だって、地下だから。外からわかんないよ」そう言ってB先輩が手を止めました。
廊下を突き当たりまで見通してみます。なんというか……普通で、1階から3階までとつくりはなんら変わるところがありません。
ただ部室の前の扉には何かしら装飾を施すのが普通なのですが、各扉には墨文字で部の名前が書かれているだけで、時代を感じさせられます。廊下の隅に置かれた缶コーヒーの空き缶は見たことないデザインのものでした。
「部屋は……鍵がかかってんな。廊下もなんか普通だし」
好奇心旺盛なB先輩はがっかりした様子でしたが、A先輩は「もういいだろ。戻ろう」としつこく提案しました。
私もA先輩に同調して、二人で説得にかかります。別に変なことが起こったわけじゃありません。ただなんとなく、嫌な感じがしたんです。
懸命な説得にB先輩も諦めかけた矢先でした。「お」B先輩が、私達の背後を指差したのです。
A先輩と私が振り返ると、十メートルちょっとくらい向こう。階段から四つ先の扉が開いていました。
どの部の部室かはわかりません。ただ扉がキィ、と高い音を立てて開いていました。
「おい。あそこ見れそうだぞ」
B先輩の目が少年のように輝きます。反面、私とA先輩の表情は固まっていました。
なんであの部屋だけ扉が開いているのでしょう。その疑問は確かにあります。けどそれ以上に、自分の記憶と目の前の光景を照らし合わせるのに必死でした。
あの扉、最初来たときから開いていたでしょうか……?
「うわめっちゃ気になる! ちょっと見に行ってこよ」
扉に向かおうとするB先輩。私は失礼と思いながらも、A先輩と一緒にB先輩の服を掴んで引き止めました。
根拠なんてありません。ただ、行ったらだめ。ただ事じゃないかもしれない。そんな予感でいっぱいだったんです。
私達があまりに必死な様子だったためか、B先輩も聞き入れてくれそうな雰囲気になってきました。けど厄介なことがまた起こったんです。
上の階。つまり一階からです。かつん、かつんって足音らしき音が聞こえてきました。
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