第2章 何を以て勇者というか
第26話 次の村へ進む
「平和だなぁ」
ユウキは御者台の上でひとり呟いた。ベルダンシアに向かう時とはまた違う道を気持ち新たに進んでいく。見上げれば雲ひとつない青空が視界いっぱいに映った。暖かな日差しと草原を揺らすそよ風が微睡みを誘うも、欠伸を噛み殺して手綱を握る。
ベルダンシアを旅立って3日が経った。旅立ちの日、ベルダンシアに住む人々からの豪勢な見送り......などは全くなく、何一つ変わることのない活気あふれる声を背にベルダンシアを後にした。ただ何もなかったかと言われればそんなことはなく見送りにはステラとセラ、そして戦いを共にした沢山の兵士達が来てくれた。相変わらずシスターとメリアに対し様子のおかしい兵が多かったものの、握手を交わし、労いの声を掛け合ってお互いを称え合い、先の幸せを祈りあった。
そう。何はともあれ結果としてベルダンシアを救うことはできた。本来ユウキ達の戦いなど誰にも知られなくて良いことなのだ。だから、感謝の言葉も何もいらない。そこに笑顔があるならそれでいいのだ。
と、そんな気持ちで王都に帰りたかったと常々思う。
話はベルダンシアを旅立つ前、領主邸の最上階での出来事まで遡る。
*
「お使いを頼まれてくれないか?」
ステラの言葉に部屋中が静まり返る。それもその筈、このまま王都へ帰り褒美を貰おうと思っていたのにこれ以上何をしろというのか。面倒事はなるべく避けたいというのが本音だ。しかしそんなことを知りもしないステラは話し続ける。
「ありがとう。お使いというのはなんだけど……」
「おい待てよ、俺らまだなんも言ってねぇけど?」
「私達を動かそうだなんて、ステラさんでもタダとはいきませんよ?」
「そうだよ。王様からの褒美が待ってるんだからね!」
甘いなステラ!いくらお前が偉かろうと、俺達がそう易々と言うことを聞く訳がない。
三者三様の主張のもと、ステラへの抗議が始まる。こうなったときの自分達は強く、かなり面倒だということは分かっている。悪いがここは王都へ帰らせてもらおう。
培った団結を以て面倒事を阻止しようとするユウキを他所に、ステラが鼻で笑う。
「そうかぁ。そしたら、はい」
ステラが手を差し出す。
「なんだ?」
「宿泊料と朝昼晩の食事料。それから君達に使った包帯などの医療費に防具や武器、衣服を直すのに掛けた費用。それから帰りの馬車に乗せる水や食糧にかかるお金も全て払ってもらおうか。当然だけど、この屋敷に泊まることができるのは王国からの役人や貴族などの地位のある者のみだ。君達は何日間泊まったんだろうね」
「「「お使いってなんでしょうか!!!」」」
「物分かりが良くて助かるよ!」
大敗を決し直ぐ様白旗を挙げる。やはり長いものには巻かれるべきなのだ。抗おうとすること自体、愚かしいことこの上ない。
「では早速、概要について説明しよう」
ステラは指先に小さな魔法陣を展開する。すると、ユウキ達の目の前に光で描かれた地図が姿を現した。
「君達にお願いしたいこというのはね、手紙を届けてほしいんだ。ベルダンシアから遥か北東にある『アステノ』という村に行ってもらい、そこで俺の友人である『レノリア・メイ』という人物に渡してきてほしい」
「レノリア先生にですか?」
「シスター、知ってるのか?」
「えぇ、教会の慈善活動でアステノを訪れた際に何度かお会いしました」
「それなら安心だね。アステノは王都に近いから寄り道するくらいの気持ちで頼むよ。何かあればさっきあげた虚章を見せれば大丈夫だから」
差し出された手紙を見て面倒に思いながらも、背に腹は変えられないのでユウキは大人しくステラから手紙を受け取った。
*
そうして今日もアステノを目指して馬車を進ませる。
シスターいわくレノリアはとても気難しい人物らしく、無礼な態度を取ることだけは絶対にいけないらしい。過去に無作法をはらった人間は性格が変わるほど恐ろしい目にあったというが、手紙ひとつ届けるだけなので何も変なことはおきないだろう。
なんてことを思っていると、突如として馬車を引く2頭の馬が足を止めた。訝むように前方を見やると、道の先でこちらに向かって走る少女と、その背後には数匹の魔獣の姿が見えた。涙を浮かべ走る少女に、魔獣は今にも追い付きそうだった。
全身が粟立つのを感じる。少女を助けるべくユウキが御者台を降りようとした時、不意に頭上から声がした。
「僕が見えてるから大丈夫。行ってきます!」
声の主は荷台の屋根を蹴飛ばし、少女のもとへ急ぐ。
「ユウキ!どうかしましたか?」
「急に止まったりして何かあったの?」
荷台から降りたメリアとシスターが尋ねる。しかしユウキが説明するよりも早く状況を理解したのか、2人の目つきが変わる。
「ユウキくんこれ!」
「ッ!ありがとう!」
メリアが投げた剣を受け取り、地面を蹴る。徐々に加速していき左右に見える景色が視界の端に消えていった。ただ一点、少女に全神経を集中させ風の間を割って進んでいく。あの日の戦いと訓練の末、ようやく自分の武器とすることができたこの速度に身を委ねる。
あっという間に少女を追い越し抜刀の構えをとる。だがそれはもう必要なかった。
「こっちはもう終わりました!」
魔獣の死体に囲まれながら、レニィは涼し気にそう言った。
ベルダンシアへ向かう時とは違うことの一つ。それはレニィの同行だった。それもその筈、レニィがベルダンシアに来た理由はユウキ達と同じく、魔獣の大量発生の原因の解明と解決だ。無事に解決したのであれば、当然のことながら王都へ戻ることとなる。そこで、向かう場所は一緒なのだからということで同じ馬車に乗って帰ることとなった。
相変わらずの強さにユウキの背筋が伸びる。剣の指導を受けていた時にこれでもかと木刀をその身に受けたのだ。古傷とまではいかないが、軽いトラウマのような出来事を思い出しては体に刻まれた恐怖が蘇る。
そんなことはつゆ知らず、レニィは剣を振り払い鞘に収めると尋ねた。
「ユウキさん、大丈夫だった?」
「え……?あっ!そうだ!」
レニィに言われるまですっかり忘れていた。背にいる少女の無事を確認するためにその場で振り返る。しかしおかしい。本来ユウキの背後にいるべき少女の姿が見当たらないのだ。確かに追い越したのにも関わらず、髪の毛の1本も残さずに消えてしまっている。
「あれ?どこにいったんだ?確かに追い越したんだけどな」
「僕も見落としていたのかな。まあでも大丈夫でしょう。近くに魔獣の姿は見えないし、心配はいりませんよ」
「レニィがそう言うなら、まぁ……いいか」
なんだか腑に落ちない気もするが、自分の何倍も経験のあるレニィがそう言うのならそうなのだろう。少女の無事を祈りながら馬車のもとへ戻ろうとした瞬間、絶命した魔獣が次々に発光を始めた。
「レニィ!!!」
ユウキの絶叫に咄嗟に反応し、レニィは瞬時に回避行動に移る。右に向け倒れるように飛び込むも、片手をついて側転するように全身を回転させ、即座に体勢を立て直す。その間にも光を放ち続ける魔獣から視線を外さない。
2人の視線が魔獣に釘付けとなっていると、やがて魔獣の体は粒子となって溶けだしていった。
「なんだよこれ、どうなってんだ?」
「検討もつきません。魔源素のようには見えませんが」
最後の一粒が空に混ざり合うのを見届けると、魔獣のいた場所に紙切れのようなものが落ちていた。細心の注意を払って近づき慎重に紙切れを拾う。ちょうど魔獣と同じ数落ちている紙切れには、見たことのない文字のようなものが書き殴ったように記されていた。
「ちょっユウキさん!?」
「え?な、なに?」
「なにかわからないのに触っちゃダメです!それに、なにか良くないものですよそれ!」
「そ、そうなの…?」
「2人ともー!大丈夫ー!?」
思考を中断し首を左に捻って声の方を向くと、馬車に乗ってメリアがこちらに向かって来ていた。
「大丈夫ー!レニィが全部やってくれた!」
「良かったぁ。中々帰ってこないから心配したよ~」
「ごめんねメリアさん!あっメリアさんはこれを見てなにか感じませんか?」
「どれどれ」と御者台の上からメリアは覗き込んだ。ジッと目を細め、紙切れに書かれた文字を見つめる。
「この紙、すぐに捨てて」
「え?」
「今すぐッ!!」
これまで見たことのない激しい剣幕で紙を奪い取ると、その後は魔法陣の展開から紙切れが燃えるまで一瞬の出来事だった。普段からは考えられないメリアの様子にどこか緊迫した雰囲気の中、我に返ったのかメリアはぎこちなく微笑んだ。
「いや~突然ごめんね?今の紙は少し……というか大分良くない気が含まれててね。触れたりするのはあんまり良くないんだ」
「そうだったのか、こっちこそ考えもせずに触ってごめん」
「僕もごめんなさい、メリアさん」
「まあ気になるのもわかるからさ。次からは気を付けてね。シャルロッテ様に会うのが早くなっちゃうよ」
「サラっと怖いこと言うなって」
「冗談だよ。ほら戻ろう~アステノまではもう少しだよ」
いつものような柔らかい口調でありながらもメリアの表情はどこかまだ強張っている。その様子にユウキは、これ以上この話に振れてはいけないと言われているような気がした。レニィもそう感じていたのか目を合わせると黙って頷ずき、メリアの後に続いて馬車へと戻っていった。ユウキも大人しく戻ろうとしたその時、
「シスター!大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」
レニィの声に急いで荷台へと駆け寄り飛び乗る。
荷台の上で倒れるシスターは、息を荒くして異常な量の汗を流していた。苦しそうに呻き声を漏らし目の焦点もあっていない、一目で危険な状況だとわかる。
「しーちゃん!」
メリアが額に手を当て、その後すぐに首元に手を当てる。
「すごい熱…ユウキくん、今すぐ馬車を出して!急ごう!レニィさんは応急処置を手伝って!」
メリアの指示に首肯で応じ、すぐさま御者台に上る。事態は一刻を争うかもしれない。そう思うだけで手綱を握る手にも力が入る。シスターの無事を祈りながら、アステノに向けて再び馬車を発進させた。
*
式神が消えた。その情報がハルアキに届いたのは、呪符の作成にあたっていた昼下がりのことだった。試しにこの世界で魔獣と呼ばれる生き物を呪符で模倣してみたが、ものの見事に騙すことができたようだ。魔獣と式神の消失とともに、それぞれの目を通して記録した映像が自分の記憶に足されていく。
しかし、いくら魔獣がいたとはいえそこそこの距離があった筈だ。なのにも関わらず気づいたあの男は一体何者なのだろう。何かしらの能力を使ったのだろうか。それにあの金髪の女もなにか変だ。人からは絶対に感じ得ないものを感じる。
「勇者様、少しよろしいですか?」
ノックとともに聞こえた声に思考を閉ざし顔を上げると、そこにはケルンが立っていた。
「ケルンさん、どうかしましたか?」
「食事の用意ができましたのでお呼びに来ましたが、タイミングが悪かったですか?」
「いえ!大丈夫です。わざわざありがとうございます。今片づけますね」
テーブルの上に広げた呪符をひとつにまとめ、邪魔にならないように置いておく。席を立ち、部屋の外で待つケルンとともに食堂へと歩き出した。
「呪符の作成は順調ですか?」
「はい!紙やペンを貸してくれてありがとうございます。おかげで成功しましたよ」
「おや、本当ですか?」
「魔獣を模倣したものを放ってみたんですが、上手く騙せていたみたいで攻撃していました」
「攻撃?セリノアの騎士ですか?」
ケルンの眉間に一瞬力が入る。セリノアからの攻撃を受け拠点を移したのはつい先日のことだ。この場を取り仕切っている人間としては当然の反応だろう。
情報を共有するため、式神から送られた映像を鮮明に思い出す。
「いえ、旅人のようではありました。ただ気になることがあって、人間からは本来感じるはずのない気を感じたんです」
それを聞いたケルンは口元を押さえ、ぶつぶつと呟きだした。しばらくして「そういえば彼がそんなこと口にしていたな……」と僅かに聞こえるかくらいの声で口にすると、ニヤリと笑顔を浮かべた。
「勇者様、その気配を感じた者の髪色は何色でしたか?」
「髪色ですか?金色でしたよ」
「本当ですか!?あぁ、とても愉快だぁ…!なんて運がいいのでしょうか!勇者様、ひとつお願いを聞いていただきたいのですが!」
捲し立てるように一息で発しケルンがハルアキに詰め寄る。あまりの勢いに少し驚いて後ずさると、不意に目の前のケルンが後ろによろけた。
「ケルン様、勇者様が困ってるでしょ」
「ニルさん」
ニルがケルンの背後から体の半身を出し小さくお辞儀する。相変わらず人形のように無表情で感情がわかりずらいが、最近は口調や言葉遣いで何となくわかるようになってきた。どうやらさっきのふらつきはニルが後ろから服引っ張ったのが原因のようだ。だがケルンの興奮が収まることはなく、むしろ助長したようだった。
「ニル!それどころではない!勇者様!お願いなんですがっ…」
「それが勇者様を困らせてる。勇者様、ケルン様のことは無視してご飯食べよう」
「まあまあ…ケルンさん、お願いというのはなんですか?僕にできることなら喜んでしますよ」
「さすが勇者様!お願いというのはですね、式神で先ほどの旅人の行方を追っていただきたいのです」
「行方ですか?わかりました!任せてください!」
「はぁぁぁ!ありがとうございます!勇者様には助けていただいてばかりですよ。本当にありがとうございます」
ハルアキの手を握り、ケルンが深々と頭を下げる。大袈裟なケルンの態度にまたもハルアキが困惑しているとニルが痺れを切らし、残ったハルアキのもう片方の手を引いて足を進める。
「いこ、勇者様」
「待って待ってニルさん…!ケルンさんを置いていこうとしないで…ほら、ケルンさんも行きましょう?」
「なんとお優しい!こらニル、ニルも勇者様を見習いなさい」
「勇者様を困らせるケルン様が悪いでしょ。勇者様がかわいそうだよ。ね、勇者様」
「そ、そうなのですか……?」
「お、お腹空いたなー!僕早くご飯食べたいかも…!ほら2人とも行こう?」
なぜか2人は手を離さずニルがハルアキの手を引き、ハルアキがケルンの手を引き、3人で縦に並んで歩く。そんな不思議な状況に笑ってしまう。ハルアキからすれば、誰かと手をつないで歩くなんてとても新鮮なことだ。きっと手で数えるくらいしかないだろう。それも、こんな風に笑顔で歩いたことはなかった筈だ。なんだか面白くて、嬉しかった。
そういえば、肝心なことを聞いていないことにハルアキは気づいた。後ろを歩くケルンに振り返り尋ねる。
「そういえば、どうして旅人の行方を?」
「言っていませんでしたね。先ほど金髪の女性がいたと仰りましたよね。ある筋の情報によれば彼女は私たちの仲間である可能性が高いのです」
「確実ではない、というわけですか?」
「そうですね。しかし、彼女はきっと私たちの仲間になりますよ。たとえ断ろうとも私は目的のためなら手段は選びませんから」
細めたケルンの目には、これから訪れる出来事全てを楽しみにしているようだった。無邪気と言えばいいのだろうか。どこか底知れない恐怖を感じる笑みに、ハルアキは前を向きなおす。すると、ほんの少し頬を膨らませたニルと目が合った。ハルアキが首を傾げると、何か言うわけでもなく今度はニルが前に向き直した。ただ、手を握るニルの小さな手に少しだけ力が込められたような気がした。
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