第12話 異変はいつだって突然に

「メリアさん見てください!これユウキの言ってたイーストメイカーじゃないですか!?」


「ほんとだぁ!人が沢山だね~」


 眼下に広がるイーストメイカーに行き交う人々を、シスターとメリアはなぞるように眺める。

 2人はベルダンシアを広く囲んでいる、壁の上に登っていた。壁面に設置されたゴンドラからの眺めも良かったものの、壁の上からはより良い景色を望むことが出来た。


 そして地上からは気づかなかったが、街がかなり凹凸の激しい造りになっている。加えてベルダンシアに入るための門から領主邸までは傾斜になっていたようで、高い位置に領主邸があったことに気づいた。

 こうした高低差のあるベルダンシアの街並みに、シスターは漠然とした懐かしさを感じていることに気づいた。けれど自分は1度もこの街に来た覚えはない。それなのにこの胸の内から漏れ出る感情は、一体何なのだろうか。


「どうしたの?」


 隣に立つメリアがシスターの顔を覗き込む。シスターは一瞬迷いながらも、今感じた懐かしさについてぽつりと呟いた。


「なんだか見たことある気がするんですよね。この景色というか。街の作りというか」


「それ多分、王様の城に飾られてる絵じゃないかな?ベルダンシアの風景画とかあったよ」


「それだったかなぁ。そういえばあった気がしなくもないですけど」


「まぁ思い出せないことはほっといてこれでもお食べ!」


 メリアはガサゴソと手に持った袋の中から焼き菓子を1つ、シスターの口に入れた。ほのかに温かさの残るそれを一口齧ると、ふんわりとした食感に続いて、バターの香りが鼻から通り抜ける。


「おいひいえふ」


「美味しいでしょ?さっき売店で買ったんだ。まだあるからいっぱい食べな?」


 内壁にもたれ掛かり、渡された焼き菓子を頬張りながらベルダンシアを見渡す。

 こうしているとなんだか、旅行にでも訪れたような気持ちになる。幸い今日は日差しも強くなく、風の通りもなだらかなため、時間がゆっくり進んでいるように錯覚してしまう。


「ユウキは今頃頑張っているんですかねぇ」


「そうだろうねぇ。レニィさんから聞いたけど、かなり強くなってるみたいだよ。毎日頑張ってるみたい」


「はえー。あのユウキがですか?」


 なんともあの男が頑張ってるなんて信じられないが、あんなでもやるときはやる男だ。それにセンスもそれなりにあると思っているし、実際あるようだし、案外どうにかなっているようでホッとする。

 なんとないやり取りをいくつか交わしながら、心地の良い陽気にあてられていると、それはなんの前触れもなく訪れた。


 背後から突風が吹き荒れる。

 ついさっき感じていた暖かさを笑い飛ばすように、冷たい風が2人をあおる。


「なに…今の…」


 シスターは異変を感じ取った方へ振り向く。ベルダンシアの外周へ視線を向けると、少し離れた場所に鬱蒼とした森が広がっていた。

 一目で分かる程に森はおかしかった。木々が揺れ、葉が幾度と無く風に遊ばれている。鳥が逃げるようにして次々に羽ばたいていく。木々のざわめきを縫うようにして、動物の鳴き声が忙しなく聴こえる。

 森の悲鳴がシスターの肌をピリピリと刺激し続けた。


「これちょっと変だね。良くないかも」


 メリアはそう言うと内壁に登り立ち、目を細め遠くを眺めた。


「しーちゃんはあれ、見える?」


 メリアが指を指す方角に目を凝らす。木々の間から微かに見えたのは、シスターからすれば見知ったものだった。神に祈り、捧げるための場所であり、それを象徴するために高く置かれた十字架。


「あれは…教会、ですか?」


「間違いないと思う」


「しかし、なら、あの黒いのは一体…」


 動揺のあまり言葉が上手く続かない。

 それもその筈、本来神聖な領域である教会から、けたたましい量の黒い霧が漏れ出ているのだ。それは風に乗せられて森を、生き物を、風を、シスターが異変を感じた全てを蝕んでいるように見えた。ここまで来るのは時間の問題だろう。


「今はまだ分からないけど、確実に良くないものなのは間違いないね」


 メリアはそう言い切り内壁を降りると、神妙な顔つきでシスターの方を向いた。


「これからすぐに領主邸に戻ろう。ここであった異変と、教会のことについて、ユウキくんとレニィさんに話に行こう」


 メリアの言葉にシスターは頷くと、地上から壁の上へ登るために利用したゴンドラのある方へ歩き出そうとする。

 けれどメリアに遮られ、肩を掴まれた。


「それだと遅いからっ」


 メリアはふわりとシスターを持ち上げ、そのまま抱えると内壁に登りだした。シスターの口角が現実を認めたくないのか途端に上がりだす。


「メリアさん?冗談ですよね?」


 いくらメリアでもそんなことしないだろう。大丈夫。そんな筈はない。

 精一杯の笑顔でシスターは問い掛ける。メリアはニヤリと不適な笑みを浮かべると、返事の代わりにシスターに向けてウインクで返す。


「しっかり掴まっておくんだぜっ」


「ちょっ嘘ですよね!?待って!?無理!!!うわあああああああああ!!!!」


 シスターの悲鳴を街中に響かせながらメリアは勢い良く飛び降り、壁と平行に垂直に落ちていく。地上までの折り返し地点に差し掛かった辺りでメリアは壁を強く蹴り、近くの民家の屋根の上に綺麗に着地した。そこから止まること無く次へ、また次へと屋根の上を器用に飛び乗り、メリアは領主邸へと急いだ。

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