第11話 魔源素

「おはようございます!」


「おはようございます」


 顔合わせの翌日、ユウキはレニィに会うため兵舎に訪れていた。

 昨晩話し合った末、剣の指導と調査を平行して進めるために午前に指導を受け、午後に調査を進めることとなった。


「それでは早速始めましょうか~」


「分かりました。一先ず俺は何したらいいですか?」


「まあまずは簡単なストレッチからですね。というか全然敬語なんて使わなくていいですよ?僕の方が下なので。どんどん呼び捨てて貰っていいです」


「そしたらレニィも敬語使わないで呼び捨てでいいよ。堅苦しいのとかはあんまり好きじゃなくてさ」


「そしたらじゃあ、少しだけ崩しちゃおうかな!崩すと言っても立場上呼び捨てはできないから、そこは悪しからず」


 軽い雑談を交えながら、二人はストレッチを始める。無理のないように念入りに身体を曲げ、伸ばし、捻っていく。

 途中、レニィの身体があっちこっちに曲がるものだから、果たして大丈夫なのかと心配になっていると「これはしなくていいですけど、ユウキさんもしますか?」なんて聞いてきたので丁重に断っておく。こんなことしていたら剣の指導どころか、午後の調査すらも行けないだろう。


 ある程度ストレッチを終えたところで、レニィはユウキに木刀を1本差し出した。


「とりあえず1度、剣を構えてみてください。どんな風に構えてもいいですよ」


 構えろって言われてもなぁ…。

 ユウキは木刀を受け取り柄を握る。するとユウキは、前に一度だけ見よう見まねで剣を構えたことがあったことを思い出した。というより、身体が覚えていた。


「えーと確か、あの時は」


 記憶を掘り起こし、あの日の自分を再現する。左足を下げ、腰を軽く落とし、両手で剣を構える。対峙したあの男の1つ1つの動作を、身体は一寸の狂いもなく模倣していく。


「まあこんなもん?」


「ふむ、なるほど。ではいきますね」


「え?なに...」


 ユウキが言い終える前にレニィは疾風のような速さで木刀を薙いだ。当たる寸前、咄嗟に体を捻り木刀を打ち当てる。二本の木刀は交差するも一瞬で傾き、離された。

 衝撃を防ぐことまでは出来ずに身体がよろけ、そこに空かさずレニィがもう一押しいれる。レニィの細い腕からは想像もつかない重い一撃は、剣を構え直すこともままならないユウキに直撃し、盛大に地面の上を転げ回った。

 ユウキの周りを忽ち土煙が舞い上がる。


「ゲホッ…何…急に…」


 咳き込みながらよろよろと立ち上がろうとするユウキに、レニィが手を差し伸べる。ユウキは差し出された手を取ってゆっくりと立ち上がり、服に着いた砂を手で払っていく。


「すみませんユウキさん。急な攻撃にも反応できるのかどうか試しちゃいました」


「あぁ…そういうことね…」


「構えに問題は無し。きちんと当てることは出来ていましたね。初手の一撃を防ぐことはできたので反射神経は充分。あとは耐えられる体と避ける、受け流すなどの選択肢を増やすことは必須。反応自体は出来ていたので、やはり足らないのは基礎のようですね」


 淡々と呟くレニィにユウキは思わず息を飲んだ。たった少しの動作からこれだけのことが分かるようなものなのだろうか?

 ユウキが不思議そうに見ていると、視線に気づいたレニィがキョトンとした表情を浮かべ、ユウキを見返した。


「どうかしましたか?」


「今の一瞬でそんなに分かるの凄いなって思って」


「いえいえそんなことないですよ?私は目で見て分かることしか分かりませんから~」


 レニィの物言いに、そういうものなんだろうな、とユウキは半ば強引に自分を納得させる。いくら考えたところで、経験の差というものは埋まることはないだろう。


「ユウキさん」


 レニィの声のトーンが下がり、全身の毛穴が開くのを身を持って感じる。ユウキの全身に脳が警戒体制を強いていく。心臓の動きが急激に早まり、背筋が無意識に伸びたのが分かった。


「構えてください。貴方は自分についてもっと知らなければいけない。何が足りないのか、何に秀でているのか。その為に何度も僕と打ち合って貰います。来なさい」


 そう言って先程と打って変わって笑みを消し、剣を構えるレニィに対してユウキは敬意と畏怖を感じていた。一目で手も足も出ないことが分かる。

 頭で理解しながらもユウキは構え直し、一呼吸置くと一気に間合いを詰める。間もなくして起きた衝撃と共に、気持ちの良い木の音が鳴り響いた。





「ん~暇です」


「暇だね~」


 ユウキが部屋を出てから1時間が経っただろうか。シスターはベッドに寝転び呆然と天井を見つめ、メリアは紅茶を飲みながら剣の手入れをしていた。


 ユウキがレニィから剣の指導を受け始めてから3日が経過した。それは同時に、魔獣の調査を開始して3日が過ぎたことを意味する。魔獣の調査は、想像していたよりも遥かに難航していた。


 この世界に変革と奇跡をもたらし、文明をさらに進ませた『魔源素』。

 全ての生き物が呼吸と共に吸収し、体内に蓄積されていく魔源素は、体内で魔力という一種のエネルギーに変化する。

 魔力の蓄積量には個人差があるが基本的には限界値に達することはなく、体内の魔力は80%を保つように身体が常に働きかけており、仮に限界値に達したところでそれ以上増えることもない。なので身体に害を及ぼすことはまず無い。


 しかし時折、体内の魔力蓄積量が限界値を越えることがある。原因は主に2つ。偶発的に発生するものか、意図的に限界値を越える魔源素を取り込んだ場合によるものか。限界値を越えた生き物は、強制的に進化を引き起こす。


 魔獣というのは、魔力蓄積量が限界値を越えた場合に起こる生き物の進化した姿であり、それに自我は無く、その為あらゆる生き物に危害を加える。


 今回の調査で一体何が難航しているのか?それは魔獣が増えた原因が掴めないことだ。

 魔獣の大量発生。それ事態は始めてのことではない。けれどそのどれもが頭のイカれた賢者だったり、特例ではあるが魔王の力だったりと、誰かが関与し事態を引き起こしていた。


 魔王がベルダンシア近辺にいる可能性は低い。ならば真っ先に思い浮かべるのは人間が関与している可能性だろう。しかしこれも不可能だ。何故なら魔源素を限界値まで、大量に与えられる人間というのは数えられるくらいにしかいない。

 まず普通の人間が己の魔源素を他の生き物に限界値まで与えようとすれば、先に魔力が空になる。

 又は、魔鉱石と呼ばれる魔源素を含んだ石を大量に準備すれば可能かもしれないが、あまりにもデメリットの方が多い為あり得ないだろう。


「一体何が起きているんでしょうかねぇ」


「何の話?」


「いえ、調査のことについて」


「あぁ魔獣のこと?」


「そうです。この3日間周辺の村に向かい魔獣の討伐をしていますが、原因は掴めていませんし、何かが起きているとしか思えなくて」


 シスターは両足を上げると勢いよく下ろし、その反動で上体を起こす。質の良いベッドは、下ろしたシスターの足を優しく包み衝撃を和らげた。


「一応、セラさんの伝を使って魔鉱石が大量に仕入れているところがあるか確認したけど、ここ最近は特にはないみたい」


「だとしたらやっぱり、人為的に引き起こしているんですかね?しかし魔源素を与えられる人間なんてかなり限られますよ。いっそのこと魔王の僕か、我々の知らない人間だったら話は早いんですけどね」


「魔王の僕だったらかなり大変だなぁ。ベルダンシアの被害が酷いことになりそう。」


「そういう面も含めて、やはり早めに対策を練りたいところではあるのですけどね」


 うーんと唸りながら腕を組む。

 やらなければいけないことは沢山あるのに、情報がとにかく足りない。だから上手いように動けない。なのに思考だけは余計に働いて、暗く冷たい闇の中に徐々に落ちていく。


「良くないですね。やはりこんな時は!」


 ベッドから飛び降りると、シスターはメリアに駆け寄った。


「メリアさん!」


「わ!どうしたの?」


「お散歩行きませんか!お散歩!」


「お散歩?いいよ~準備するからちょっと待っててね」


 メリアは剣を鞘に納めると立ち上がり、外へ出掛けるための準備を始めた。

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