第10話 剣を教わる先生ができました。
「初めまして!王都よりこの街の守護、警備の管理を一任されております。レニィ・ヴェリオロスです!」
そう言ってお辞儀をする目前の少年は顔を上げると、右目に掛かる前髪を軽く整え、ニッコリとした笑顔をこちらに見せた。
ユウキ達はセラに連れられて、領主邸から少し離れた「ギルド」へと足を運んだ。ギルドというのは主に仕事の仲介を請け負う施設で、依頼主と労働者とを繋げる役割を担う。
勇者一行とセラ、加えてレニィはギルドに併設されている会議室に集まっていた。ベルダンシアでの任務において連携が必要だと判断したセラが、この場を設けたのである。
セラはレニィの横に立つと、手短にレニィの紹介を始める。
「こちらのレニィ様は皆様より前に、王様の命によってベルダンシアに派遣されました。現状、この街では一番にレニィ様に情報が集まると思いますので、上手く情報共有をしながら任務にあたって下さい」
セラがそう言い終えると、レニィは「よろしくお願いします!」と、こちらに微笑みかけた。
レニィの笑みの眩しさにユウキが目を細めていると、突然メリアが脇腹をつついてくる。きっとお前から挨拶をしろ、との事だろう。
「えー、ユウキ・アルバーンです。よろしくお願いします」
「メリアです。よろしくお願いします~」
「シスターです!こちらこそよろしくお願いします!」
と三者三様の挨拶を挟んでからお辞儀をすると、レニィもまたお辞儀で返した。顔を上げ、後ろに一つに縛った金色の髪の毛を尻尾のように揺らしながら、レニィがこちらに近づく。そうしてメリアの前で立ち止まると、キラキラと尊敬の眼差しを向けた。
「貴女が選ばれし勇者様ですか!会えて光栄です!」
「えっ...フフッ」
予想外の一言を告げられたメリアは一瞬戸惑いながらも、ユウキの方へ視線を向け笑いだした。隣で聞いていたシスターも「ブフッ!」と吹き出すと、ユウキの肩へ手を置き途端に笑いだす。
ユウキの目が先程とはまた別の理由で更に細くなっていく。
「いや~ごめんなさい。残念ながら私は勇者ではないんですよ」
メリアからの訂正を受け、レニィはきょとんとした表情を浮かべる
「へ?そしたら勇者様はどちらへ?こちらの白髪の方はシスター様ですし…」
視線をメリアからユウキへ移した時、己の間違いに気づいたのか次第に笑顔はひきつっていき、腰を直角に曲げると謝罪し始めた。
「すっ、すみません!あまりにもその、オーラ?というか威厳というものがあまりにも感じられず、勇者に見えなくて…。本当にすみません!」
「いやいやいや、いいんですよ?俺そんなに勇者っぽくないし!なんかもう~ここにいていいんすかね?ほんと。場違いっすよね!もうっほんとに…!うん…グスッ」
目から流れ出る涙を拭いながら俯くユウキを見て、レニィが慌ててフォローを入れようとする。
「いやっ!その、あれですよ!聖剣!勇者ってことは、王都の丘の上に刺してあった聖剣を抜いたってことですもんね!そんなの持ってたら一目で勇者ですよ!だから聖剣を…うん…?」
聖剣が無い。
レニィはユウキの全身を見渡すも、ユウキの身体の何処にも聖剣が刺さってないことに気づいた。
眉間に皺を寄せながらレニィはユウキに聖剣の行方を聞く。
「あの、聖剣って?」
「…」
「あっ!今は宿の方に置いてあるんですかね!ごめんなさいっ!そんな四六時中持っている物でもありませんよね!」
「…ぃょ」
「はい?」
「聖剣なんて!!そんなの!!持って無いよ!!」
「えぇ!?」
思ってもみないユウキの返答に、レニィの苦笑が驚愕の表情へと変わる。目に涙を浮かべながらもユウキは更に続けた。
「何さ聖剣って!!俺も欲しいよ!!何処!?何処なの俺の聖剣!?」
「こらこら落ち着いてユウキくん。聖剣はユウキくんがこうしてる今も、丘の上で静かに王都を眺めてるよ」
「そうだけどさ!?そうじゃないんだよ!」
「丘の上の平原~から王都を静観する聖剣~平民に握らす剣はねぇ~Yeah~~」
「こいつマジで一回黙らせろ!!!」
メリアは落ち着かせる気がないしシスターは韻を踏みながら煽ってくる。そんな二人に怒声を浴びせ、息を切らすユウキに「あの」とレニィが声をかけた。
「聖剣が抜けなかったのに勇者、というのは一体どういうことなのですか?」
「あ~、いやそれは…」
「はぁ~面白い…。まあここは私が説明しましょうか。ユウキも可哀想で見ていられないですし」
お腹を抱えて笑っていたシスターは一度呼吸を整えるため深呼吸をすると、レニィにユウキが勇者に至るまでの経緯について話し始めた。
「えーっと、ということはつまり?聖剣は抜けなかったし勇者ではないけれど、魔王を倒そうとしてるってことであっていますか?」
「その解釈であっていますよ。要は魔王を倒せば勇者ですよね?ってことです」
「なるほど…」
シスターの説明に、レニィはあまり納得はしていないように思えた。当然のことだろう。聖剣は抜けなかったけれど魔王を倒せば勇者だ、なんて暴論よく通ったなと思う。どこからどう聞いたって子供の戯言だ。
レニィは顎に手を当て目を閉じると「う~ん」と声を唸らせた。
「本当に勇者ではないんですか?」
「ユウキは本当に勇者ではありませんよ」
「本当に?」
「本当にです」
「マジですか?」
「マジです」
再び声を唸らせると、次はセラに質問を向ける。
「セラさんは知っていたのですか?」
「私は王様から既に聞いておりました」
「そうですかぁ」
この虚偽申告が問題で任務が上手くいかなかったら不味いなぁ…。
ユウキが段々と不安になっていると、しばらく考え込んでいたレニィが「よし」と呟きゆっくりと目を開いた。
「セラさんが王様から話を聞いたということは、王様はこのことを納得しているという訳ですよね?」
レニィの言葉にセラは頷く。
「えぇ。王様は納得した上でベルダンシアに向かわせています」
「分かりました」
話終えると、レニィはユウキの方を向いた。つい先程まで向けられた笑顔は消え失せ、無表情なのにも関わらず何故か怒っているようにも見えた。
あぁ、殴られるのだろうか。
一歩一歩レニィが近づいてくる度に疼く額と後頭部。そして今からまた一つ増えるのかと思うと、引いた筈の涙が溢れそうになる。
「ユウキ様」
レニィがユウキの前に立ち名前を呼ぶ。
くっ…来るなら来い…!
覚悟をしながらも、今にも溢れそうな涙を流さぬように目を瞑る。
しかしユウキの予想が当たることはなかった。いつまで待っても殴られないので、ユウキは恐る恐る目を開ける。するとそこには、手を胸に当て、ユウキを真っ直ぐに見つめるレニィがいた。
「先程は大変失礼致しました。我が王が貴方達を信じると仰ったのなら、僕も貴方達を信じ、力になりましょう」
そう口にするレニィは、少し前までユウキが抱いていた笑顔の似合う少年ではなく一人の騎士だった。ユウキは息を呑むも、殴られなかったことと一旦信じて貰えたことに安堵し、胸を撫で下ろす 。
「レニィ様。少々よろしいですか」
セラがレニィに呼び掛け「先程お伝えしたことですが…」と言い終える前に、レニィは即座に「そのことですね!分かっています!」と笑顔で応えた。
「ユウキ様」
「ん?どうしました?」
「へへ」
向けられたレニィの笑顔に安心感を覚え、ユウキも微笑み返す。
「僕、ユウキ様に剣を教えますね!」
「…え?」
思いもよらない一言に、ユウキの微笑みは苦笑いへと変わった。困惑するユウキの気も知らずに、レニィは変わらぬ笑顔を悪気もなくみせていた。
こうしてユウキに初めて、剣を教える先生ができた。
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