第9話 紅茶にはクッキー派

「イケメンってどうして中身までイケメンってことですよね」


「えっなんて?」


 読書にふけていたシスターが白い髪を揺らしながら顔を上げ、ユウキの方を見る。

 日が暮れ始めたタイミングで領主邸に戻ったユウキは、ベッドに仰向けになりながら天井を呆然と見つめていた。あのイケメン、ステラと名乗る男に格の違いを見せつけられたからだ。


「俺もイケメンだったら聖剣が抜けたのか?」


「抜けたでしょうねぇ」


「おいふざけるなよ。俺がイケメンじゃないみたいじゃないか」


「そう言ってるんですよ自惚れないでください村人A」


「よし喧嘩だ」


 ユウキは上体を起こしシスターの方を見た。お風呂上がりのためいつもの修道服姿ではなく、白シャツに紺のロングスカートといった軽装となっている。

 外見だけ見ればかなりの美少女なので、白い髪を耳にかけて読書をしている彼女の居住まいは、何とも見栄えがいい。そんな彼女が観光地などの人が沢山いるような場所を出歩けば、多くの男性が彼女を目で追いかけるだろう。

 ユウキがそんな風に思っていると、シスターが首を傾げた。


「どうしちゃったんですか?急に見つめだして。まあ、私ほどの美少女と同じ部屋にいれば、見つめたくなるのも分かりますが。先に言っておくとごめんなさい。ユウキの気持ちには答えられないです」


 動作は申し訳なさそうに、しかし顔をにやけさせながら言葉を並べるシスターに、ユウキは目を細める。


「なんだかなぁ、永遠に黙っててほしい」


シスターの持っていた本がユウキ目掛けて飛んで来る。本って結構身近にある凶器であることを身を持って知った。





「…ってことがあったんですよ」


「へーなるほど」


 額に真っ赤についた本の痕を冷やしながら、テーブルを挟んで真向かいに座るシスターに、イーストメイカーでの出来事を話した。シスターがテーブルの上に広げてあるクッキーに手を伸ばしながら、「それで?」と聞き返す。


「そうそれで、その時助けてくれたのが物凄いイケメンだったんだよね。爽やかイケメン。どうやったのかは分からないけど、馬車にぶつかる寸前のところで、屋根上まで俺とその男の子2人かかえて一瞬で移動してさ。しかも、自身を顧みずにとっさに助けようとしたユウキの方が勇敢でかっこいいよ、だって。性格もいいときた」


「あちゃー、それはユウキなんかじゃ到底太刀打ちできないレベルじゃないですか」


「そうなんだよね。あっこの人には勝てないわって思ったもん」


「元から同じ場所にすら立ってませんよ。安心してください」


「くっそー。女性に手を上げてはいけないって教えさえなければ今すぐビンタ張ってやるのに」


 両親からの教えによりビンタをし損ねた右手は、温かい紅茶の入ったティーカップを持ち上げ、口元へと運んだ。


「ジョークですよジョーク。というか、ユウキもユウキで良くその男の子に間に合いましたね?そのイケメンさんも凄いですが、ちゃっかりユウキも凄いですよ」


「確かにあの時の足の速さは凄かったなぁ」


 自分では到底出せないような速さで走っていたなとユウキはあの時のことを思い出す。

 助けたい一心で気づけば走り出していて、いつの間にかあの男の子を抱きかかえていたし、これも素質とやらのおかげなのだろうか?

 ユウキがそう考え込んでいると、「あぁそういえば」とシスターが口を開いた。


「ユウキが出掛けてから少ししてセラさんが来ましたよ」


「ほんと?何かあったの?」


「ユウキがどれくらい戦えるのか聞かれましたねぇ」


「なんて答えた?」


 ユウキからの問いに、シスターは鼻で笑うと、「知りたいですか?」と聞き返してきた。


「知りたい。予想はついてるけど」


「基礎も出来ておらず、感覚だけで剣を振るようなレベルとお伝えしました」


「予想以上に厳しいな。その通りだけど」


「ふん、そうでしょう」


 シスターは再び鼻を鳴らすと、「まぁ」とユウキの方を向き直し話を続けた。


「この国『セリノア』において頂点に君臨する『シャルル騎士団』の、それも副団長に模擬戦とはいえ引き分けに持っていったのですから、素質はあると思っていますよ。素質はね」


「副団長?誰のことだよ」


 ユウキはクッキーへと手を伸ばす。


「グレアさんですよ。彼はシャルル騎士団において、副団長の座に着いている方ですよ」


「え」


 掴んだクッキーが元いた皿へと目掛けて落ちていく。


「副団長…?グレアが…?」


「えぇ」


「よく引き分けたな俺?」


「本当にそうですよ。まあ、グレアさんが舐めてかかってたからあの結果になったのもあったでしょうね。本気で打ち合ったら勝負にすらなりませんよ」


「奇跡じゃん」


「奇跡です」


 落としたクッキーを拾い上げ、そのまま口へと投げる。クッキーは弧を描きながら吸い込まれるように口の中へと消えていく。


「そういえば話を戻しますけど、そのイケメンはどうしたんですか?」


「ほのひけへんは、まははおう...って言い残して消えた」


「また会おうって…ユウキの素性も分からないのに何をそんな…怖…」


 シスターはカップを口元に近づけ一気に傾けた。そうして空になったカップに、シスターは新たに紅茶を注ぐ。


「ユウキのも入れますか?」


 ユウキは自分のティーカップを確認し、まだ紅茶が残っていることを確認すると「大丈夫」と首を横に振った。


 思い出せば思い出す程、さっきまでの出来事には、不思議な点が沢山ある。


 ステラはあの時また会えると言い残して消えた。何故かと聞けばステラは勘であると答えていた。普通ならこんな適当な理由に耳を傾けることなんてないし、ここまで引っ掛かることもない。

 しかしステラの言葉には妙な説得力があった。地上から民家の屋根まで一瞬で移動したり、ユウキの目前から突然消えたり、明らかに普通じゃない。


 情報量の多さに、徐々に熱を帯び出した脳を冷やすかのように不意に、コンコンコンコン、とノック音が鳴った。シスターの方を見ると、顎で扉の方をクイッと指していたので、仕方無しに親指を下に向けながら席を立つ。


「はーい」と扉を開けると、そこにはセラが立っていた。セラはユウキを見ると、手を前に組み、軽く会釈をした。


「セラさん、どうかしましたか?」


「この度の王様からの命により、諸々の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」


「分かりました。メリアを起こしてくるので少しお待ちください」


「承知致しました。それとユウキ様。その額の痕はいかがなさいましたか?」


「あーこれですか?これはどっかの肯定感を自給自足してる勘違いバカ女につけられた痕でいだああああああ!!!!」


 後頭部に鈍痛が走り、そのまま倒れたユウキは床をのたうち回った。 セラは視線をシスターの方へと向けた。本を投げ終えたまま静止しているその姿は、1つの彫刻のように綺麗なフォームだった。

 もう一度ユウキの方を見る。相も変わらず海から上げられたばかりの魚のようにバタバタとしていた。

 ある程度2人を見渡した後、「なるほど」 とセラはそう一言告げ、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。

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