第8話 子供を助けようとしたらイケメンに助けられた件について

 四方から絶えず鳴り響く鉄を打つ音。どこを見ても鍛冶屋や加工場などが目につく。

 ここは、ベルダンシアの中央に位置する領主邸から東に位置する「イーストメイカー」と呼ばれる観光地だ。フォークやスプーンなどの日常的な道具から、鎧や剣などの装備まで幅広く手に入れることが出来る。


 ユウキは1人散策していた。目的は武器や装備では断じてない。父から話を聞くことはあったが、来ることはただの1度も叶わなかった場所に初めて来たことによる、好奇心と探求心がユウキの足を前へ前へと進ませた。 本来ならば1人で歩くつもりもなかったが、旅を同じくする仲間は夢と湯船の中だろう。

 思えば父は色々な街の話を聞かせてくれたなとユウキは思った。このベルダンシアという街もそうだし、花の京と呼ばれる国の話も聞いたことがある。いずれはその国にも行けるだろうか。旅を続けていけば辿り着くだろうか。考えただけでユウキは、今すぐに走り出したくなるような気の昂りを覚えていた。


 不意に視線をずらすと、馬車がユウキのいる方向に走ってきているのが見えた。ユウキは道端にずれようとする。しかし、ユウキは思わず2度見した。子供だ。馬車の行く先に子供がいるのだ。馬車の御者も気づいたのか速度を落とそうとするが、それではきっと間に合わない。


「誰か!誰かあの子を助けて!!」


 ユウキの体は、考えるよりも先に体勢を低くし、力を込めた。そして地面を思い切り蹴飛ばす。地面と靴との摩擦により火花が散る。視界の端には、既に道端に寄った人々が子供を見ているのが見える。母親と思わしき女性が叫んでいるのが聴こえた。


 もしかしたら間に合わないかもしれない。もしかしたら子供は無事でも自分は無事じゃ済まないかもしれない。

 それでもユウキは己に走れと言い聞かせる。目の前の命を救うために。手を伸ばし、子供を掴む。周りの景色がとてもゆっくりに見えた。泣き叫ぶ母親を止める人や、こちらに向かって叫ぶ人も見えた。子供を抱き抱える。離さぬようにと、強く。馬車はもう既に目と鼻の先だった。


 あっ…これ死ぬわ


 ユウキは強く目を閉じた。


 しかし、どれだけ経っても衝撃はこない。正直半泣きな状態だ。意を決して恐る恐る目を開けると、先程と光景が違う。どうやら近くの民家の屋根の上にいるようだ。見下ろすと馬車は少し離れたところで止まっており、降りてきた御者は驚きと困惑の表情を浮かべていた。道端にいた人達も同様の反応をしてるように見える。


「そうだ子供は!」


 ユウキは胸に抱き抱えた子供を見る。すると同時に子供と目があった。


「よかった無事か…もう大丈夫だからな」


 そう言って頭を撫でると、やはり怖かったのか、はたまた安心によるものか、突然泣き出してしまった。ユウキは子供を優しく抱きしめ頭を撫でる。


「怖かったよな。どんどん泣け?兄ちゃんが受け止めてやるぞ」


 一先ず子供と自分の無事を確認したユウキだが、一向に晴れない疑問がずっと頭のなかを渦巻いていた。


「ていうか…どうして俺は生きてるんだ…?」


「教えてあげようか?」


「うわっ!」


 突然背後からする声に驚き、ユウキは思わず声が出る。恐る恐る後ろを振り向くと、白の軍服に身を包み、さらに上から白のコートを肩に掛けたイケメンがニコニコしながらそこに立っていた。



                *



「大丈夫?ケガとかはない?」


「えっ?あぁ…うん、大丈夫」


「そうかそうか、それなら良かったよ!」


 眩しい…

 先程から向けられる爽やかスマイルに、ユウキは目を細めてしまう。文句のつけようのないイケメン過ぎて勝手に敗北感を覚えてしまう始末だ。


「あっ」


 ユウキが呆然と眺めていると、イケメンは何かを思い出したかのような表情を見せた。


「そういえばまだ名乗っていなかったね。俺の名前はステラ。ステラ・ヴァリエスだ。君は?」


「ユウキ・アルバーン…」


「そうかそうか、よろしくユウキ」


「よろしくお願いします…?」


 ステラから差し出された手を握ろうとする。すると同時にステラが手を引っ込めた。


「敬語なんて使わずにもっとラフな感じでいいよ?ほらもう一回、よろしくユウキ」


「えっとじゃあ、よろしく…ステラ」


「あぁよろしく!」


 再度差し出された手を握るとステラはユウキに、キラキラと効果音が今にも出そうな笑顔を見せた。


「それで話を戻すとね」


 ステラは話を戻し、一連の説明をしてくれた。

 なんでも俺とこの子が轢かれそうになった寸前に間一髪で助けることが出来たらしい。ステラは厭らしく言うこともなく、「自身を顧みずにとっさに動いたユウキの方がとても勇敢でかっこいいよ。その子を守ったのは俺ではなく他でもない君だ」と笑って話してくれた。このイケメン、顔だけじゃないなとユウキはステラに対して真の敗北を感じていた。


「それじゃ俺はもう行くよ」


 ある程度の説明を終えるとステラはそう言った。


「そこに梯子があるから、そこからなら安全に降りることが出来るよ」


 ステラは体を捻り、指を指した。指した先には梯子の先のような物がひょこっと顔を出していた。


「それと、改めてその子を助けてくれてありがとう。この礼はいつか返すよ」


 ステラがユウキに向かって感謝の言葉と共に綺麗なお辞儀をする。


「おぉありがとう…?」


 いつかって言ったって、もう会うこともない気がするけど…。


「また会えるよ」


 ユウキの心の声が聴こえたかのようにステラが言葉を返す。


「えっなんで?」


 心の声がバレたことか、言葉の意味か、どちらに対してなのか分からないが、ユウキはステラに聞く。


「それはね」


 ユウキは唾を飲み込み、目の前のエサを前に待てをされている犬のようにステラを見つめる。


「ふふっ内緒」


「はぁ!?」


 拍子抜けの答えにユウキは声をあげてしまう。


「ちょっとどういう…」


と、ユウキが言葉を続けることを阻止するかのようにステラはユウキの目元を手で覆った。


「まあ要は勘だよ。俺の勘は良く当たるんだ。ユウキも大事なことを決めるとき、勘を頼ってみて。案外悪くないよ」


 さっきよりも低い声でユウキにそう言う。ユウキはまた、固唾を飲み込む。


「それじゃあね!また会おう!ユウキ・アルバーン!」


 突然目元を覆っていた手が無くなり、さっきまで暗闇にいた視界は一気に外界の景色を眼に映す。眩しさに眼を細めると、そこに既にステラの姿は無く、子供とユウキだけがその場にぽつんと取り残されていた。

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