第5話 凄腕の剣士(天使)

「はっ!」


 目が覚めると、まず見慣れぬ天井が目に写った。シャルロッテの言っていたことが本当だとするとここは城の医務室であり、自分は3日もの間寝ていたことになる。状況を把握するため、周りをキョロキョロと見渡す。するとすぐ左、ユウキの眠っていたベッドに体を預けるように、俯せで眠っている白髪の少女がいることに気がついた。ユウキは体を起こし、少女の体を優しく揺する。


「シスター。シスター。起きてくれー」


「んぁ…うぅん…はえ…?ユウキ…?」


「うんおはようユウキだよ」


「あぁユウキ…おはよございます…ってユウキ!?」


 ユウキが目を覚ましたことに驚くあまり、シスターが椅子から盛大に転げ落ちる。


「びっくりしたぁ大丈夫?」


「こっちは大丈夫ですけど、ユウキこそ大丈夫なんですか?3日も寝ていましたけど…」


「俺は特になんともない。強いていうなら腹へったな」


「お腹すいてるなら大丈夫そうですね。あ~本当によかったぁ」


 安心した様子のシスターは服を軽くはたくと、再び椅子に座り直した。


「本当に心配しましたよ。目が覚めてくれてよかったです」


「シスター…」


 心配してくれてたのか…。

 思いがけぬ反応に、申し訳なさと感謝の気持ちが同時に押し寄せる。3日も目を覚まさなかったのだ。その間どんな気持ちだったかなど、想像することもないだろう。


「貴方がいないと、私の株が下がるので本当によかったです」


「心配をそのまま受け取った俺が馬鹿だったよ」


「冗談ですよ」


 シスターは微笑むと立ち上がり、部屋の出口へと向かった。


「王様に報告してきますね。急に動いたら良くないので、ユウキはもう少し休んでてください」


 そう言い残して、シスターは部屋から出ていった。

 1人ぽつんと部屋に残されたユウキは窓の外を見やると、城に向かうまでに通った街が眼下に広がっていた。本来であれば望むことすら叶わない光景に感動すら覚える。そういえば丘から城へ向かう最中に、シスターが観光地だと言っていた。体調が万全になったらシスターを誘って遊びにでも行こうか。

 沢山の人々の往来を眺めていると、不意に部屋にノック音が響いた。


「どうぞー」


「失礼する」


 返事とともに扉が開かれる。部屋に訪れたのは3日前にユウキが模擬戦を行った相手、グレア・ユーテリアが立っていた。




「その、体の方はどうだ」


「今のところは大丈夫かな」


「そうか」


「……」


 なんだこいつ…。急に来たかと思ったらさっきから目も合わせてくれないし、ずっと俯いてるし。

 突然のグレアの訪問に戸惑っていた。この男の性格上、ただ見舞いに来るような奴ではないのは確かだ。必ずなにか裏があるに違いない。


「あのさ、なんか用…?」


 ユウキの言葉にグレアは一瞬ハッとした表情を浮かべるも、また俯いてしまった。こういうのは直接言った方がいいと思ったけれど、もしかして良くなかったのだろうか。


「なさい…」


「え?」


「あの時は、ごめんなさい」


 突然の謝罪にユウキは更に困惑する。聞き間違いじゃなければこの男は自分に対して謝っている。素直に謝るようなやつには見えないが、もしかすると自分は、少しばかりこの男を勘違いしていたのかもしれない。わざわざ医務室まで訪ねて謝りに来るなど、可愛げがあるじゃないか。


「でもあんなのは、負けじゃない」


「へ?」


 前触れもなく立ち上がったグレアにユウキが驚いていたのも束の間、グレアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「私は貴様に負けてなどない!あんなの私の本気の2割も出していない!だから私は負けてないぞ!調子に乗るなよ!!!ユウキ・アルバーン!!!」


 言い終わるとグレアは勢いよく扉を開け、走り出していった。

 怒涛の勢いで消えていったグレアにユウキが唖然としていると、少ししてシスターが戻ってきた。


「今戻りましたけど、何かありましたか?走り去っていくグレアさんを見掛けたんですけど」


「えーと、グレアが謝りに来たんだけど、その後に涙目でキレながら部屋を出ていった」


「全くよくわからないんですけど、グレアさん変なものでも食べたんですかね?」


「わからん…そうかもしれない」


「まぁいっか。それよりユウキ、紹介したい人がいるんですけど」


「彼氏か?」


「なんで出会ってまだ4日の貴方に紹介しないといけないんですか…。というか私は修道女なのでそういうのは許されていませんよ」


「へーその辺はちゃんとしてんだ。そんで、話を戻して紹介したい人って?」


「あぁそうでした。ユウキが聖剣を抜く前に私が話した、凄腕の剣士のことは覚えていますか?」


「あーそんな話あったようななかったような?」


「その話に出てきた凄腕の剣士さんを連れてきたので紹介したいんです」


「えっ今!?」


「今です今、もうそこにいるので。すみませーん入ってきてくださーい」


 話が急すぎる。ゴリゴリにいかつい人が入ってきたらどうしようか。こんな姿を見せるのはなんだかとても情けない。そういえば自分は3日も寝ていたのだった。自分の体の臭いが気になる。もう少し早く気づければよかった。


「こんにちは~ユウキくん」


 聞き覚えのある声にユウキは顔を上げる。

 ふわふわとした金色の髪。笑顔のよく似合う優しい顔つき。とどめは鎧の上からでもよくわかる、はち切れんばかりの大きさ。


「この方が凄腕の剣士こと」


「メリアです!よろしくね~」


 先程、精神世界とやらで会ったメリアがそこにはいた。




「えっとー、メリア…さん?」


「メリアでいいよ~」


 メリアの分の椅子を用意し、ユウキのベッドの隣に2人並んで座る。ユウキは正直なところ、あまりに早いメリアとの再開に追いついてこれていない。すぐ会えるとは言っていたがこれは早すぎる。


「あぁそうだ、さっきのはシスターに説明するのか?」


 さっきのというのは、精神世界での出来事のことだ。眠っていた間、女神とメリアに会ったことや勇者の素質に関することも、これから旅をする仲間なのだから話せる範囲で話した方がいいだろう。


「確かにね、ねぇねぇしーちゃん」


「……あっ私のことか。なんですかメリアさん?」


「私実は、貴方の崇拝するシャルロッテ様の使いなんですよね」


「うぇっ」


 驚きからか、はたまた動揺からか、シスターの口から女の子が出すには少々可愛くない声が発っされる。


「いやいやいや、いきなり何を言い出すんですか?そこそこに寛大な私も、その冗談は流石に怒りますよ?」


「シスター、これは本当のことなんだ」


「ユウキまで何を言ってるんですか。ダメですよ?知らない人の言うことを聞いては」 


「お前は俺の親か!」


 メリアへ向けるシスターの目が完全に疑いの目に変わる。だが、その目は今となれば当たり前だなとも思う。急に神の使いです、なんて言い出す輩なんてまずまともではない。

 どうするべきか…。


「なぁシスター聞いてくれ」


 ユウキはシスターの肩を掴み目を見つめる。


「えっ告白ですか?」


「ちげぇわ誰がこの状況で告白すんだ」


「私部屋出ようか?」


 にやにやとしながらメリアが言う。


「違うって言ってんでしょ!話を聞け!」


 ユウキは1度咳払いをし、改めてシスターの目を見た。


「実は俺、3日間寝ていた間にシャルロッテ様に会ったんだ。その時にそこにいるメリアもいたし、嘘じゃないんだ」


「ユウキ…」


 よし、これはいけたんじゃないか?


「やっぱりもうちょっと寝ていた方がいいんじゃないですか…?いや、寝過ぎて頭がおかしくなってしまったのでしょうか…」


「いやそうじゃねぇよ?勝手におかしくすんな」


「まあでも、ユウキが言うなら3割くらいなら信じてあげなくもないです」


「全然それでいいわ。むしろそんくらいの信頼度の方が逆に安心する」


 一先ず3割だけでも信じてくれてよかった。安心したユウキは自分のお腹が鳴ったことに気がついた。そういえば起きてから何も食べていない。


「ていうか俺お腹すいたんだけど、何かない?」


「少しばかり移動することになりますが、食堂がありますよ」


「おっほんとに?」


「ここのご飯すごく美味しいよ~」


「それは楽しみだなぁ。ちょっと行ってくるわ」


 ユウキはベッドから降り、自分に掛けられていた布団を畳む。


「私も起きてからまだ何も食べていないのでついていきます。あとユウキはきっと迷うと思うので」


「私も行くよ~どれだけ食べてもここのご飯は美味しいからねぇ」


 2人も椅子を片しながら移動の準備に移る。支度を整えた2人は扉の前へと向かった。


「ユウキの着替えはベッド横の棚の上に畳んでおいてあるので、それ着てください。私達は外で待っていますから」


 扉が閉まり、部屋には再びユウキ1人となった。1度大きく伸びをし、着替えるために衣類を脱ぐ。するとユウキは違和感を覚えた。なんだろうかと考えてみる。そして、その答えはすぐにわかった。自分の体にアザがないのだ。勿論痛みもない。ユウキが目覚めた時に、隣で寝ていたシスター。もしかしたら3日間自分の面倒を看てくれたのだろうか。

 着替えを終わらせ、お礼を言い忘れていた自分を少しばかり恥じながら、ユウキは扉に手を掛けた。

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