第4話 初めまして名ばかりの女神

「ユウキくん。ユウキく~ん。起きて~」


「んぁ…」


 誰かがユウキを呼ぶ声で目を覚ますと、そこにはなんとも綺麗なお姉さんがいた。ふわふわとした金色の髪は動く度に揺れ、その微笑みは雲間から太陽が顔を出したような暖かさに似たものを感じる。そしてなんて大きさなんだろうか。どこかとは言わないが、きっと手が埋もれてしまうだろう。

 しかしそれにしても、このお姉さんはどなただろう。知り合いであったならとても幸せなことだが、生憎こんな綺麗なお姉さんと知り合いになった覚えはない。


「起きた?」


「ん…起きました…」


「よかったぁ。ちょっと待っててね」


 そう言うと目の前のお姉さんが立ち上がった。今一度お姉さんのことをよく見ると、不思議な格好をしていることに気づいた。服というよりは布を纏っているというか、絵画とかでよく天使とか神様とかが着ている服に似ている。それに周りをよく見てみると、変だ。それもかなり。周りには何もなく、地面にはふわふわとした白い綿のようなものが辺り一面に広がっている。

 空には太陽が燦々と輝いており、自由気ままに浮かぶ雲が、悪戯するように太陽を隠したりしていた。とてものんびりとした雰囲気のこの場所に、始めて来たのにも関わらず心地よさを感じる。


 ユウキは今分かっていることを1度整理しようと目を瞑った。さっきまで自分は、闘技場でグレアと戦っていた。グレアとの戦いの最中、何かが弾けた感覚がした瞬間、頭は冴え感覚は鋭くなり、グレアの動きに合わせて木刀を振るうことが出来た。グレアの木刀を折り、それで王様から引き分けと言われた。


「それで…どうしたっけ…?」


 思い出せない。何度も思い返してみたが、そこから先のことを一向に思い出せなかった。そしてしばらく考えてみた後、ユウキはとある1つの仮説にたどり着いた。


「死んだのか…?おれ…?いやいや、まさかそんなわけ…ない…よな…?」


 割かしあり得ない話でもない。人間がどの程度で死ぬのかは分からないがあれだけ殴られてたら流石に死ぬこともあるのかもしれない。


「そうだ…!あのお姉さん!」


 いまこの場で一番状況を理解していそうな人が、一人いるではないか。真実を知るためにユウキは周りを見渡す。しかし、先程までそこにいた筈のお姉さんがいなかった。どこにいったのかという疑問と共に同時に浮かび上がったのは、もしかしたらさっきのお姉さんは、自分を天へと導く神様かもしれないという可能性。


「あの!さっきのお姉さん!聞こえてるならもう一度出てきて!」


 ユウキは叫ぶも返事はない。


「いやいやいや嘘だよね!?死んでないよね俺!?やだ死にたくない!まだ女の子と手も繋いだこともないのに、死んでたまるかああああああ!!」


 ユウキの怒号が空へと響いた。瞬間、空から眩しい程の光が差した。太陽によるものではないことが分かる程の光が辺りを差す。ユウキは眩しさに耐えきれず目を瞑る。


「アナタはまだ死んでいないわ」


 声が聴こえる。先程のお姉さんとは違う声だ。


「貴方は、貴方は一体誰ですか!」


「アタシの名前は、女神シャルロッテ。ほら、光を絞ったのだからもう見ることが出来る筈よ」


 うっすらと目を開く。目の前の女神をよく見る。第一印象としては体格がスゴくいい。肩幅が広く、無駄な物を削ぎ落としたかのように腕はとても筋肉質だ。足も同様に見ただけで分かる程鍛え上げられている。身長はといえば180cm後半はあるだろう。ていうかもうこれは…


「お…」


「お?」


「お前男じゃねぇかあああああ!!!!!」


再びユウキの怒号が響いた。




「まあ落ち着きなさい。ほら座って」


 シャルロッテと名乗る自称女神が指を鳴らすと、目の前に丸いテーブルが1つと椅子が3つ現れた。シャルロッテが椅子に腰を掛けたので、渋々ユウキも腰を掛ける。


「メリアー!紅茶とアナタが作ったお菓子を持ってきてちょうだーい。カップはこっちで用意しておくわー」


 シャルロッテがひとりでに言う。しかし返事はない。それを見て困惑するユウキを他所に、再びシャルロッテが指を鳴らした。すると次はティーカップが3つ現れた。


「さ、少しは落ち着いた?」


「いや、落ち着くと思ってます…?」


「それもそうよね。まあ自己紹介でもしましょうか。改めまして私はシャルロッテ、女神です」


「えっ女神設定貫くの?」


「女神ですから」


「いや男じゃん。どっからどう見ても男じゃん」


「うるさいわね。そんなんだからいつまでも童貞なのよ」


「…」


「お待たせしましたシャルロッテ様~」


 ユウキが何も言えなくなったタイミングでさっきのお姉さんが現れた。現れたというよりかは、上から降ってきたの方が正しいだろう。

 お姉さんは手に持ったバスケットから、ティーポットと紙に包まれた何かを取り出した。包み紙を剥がすと、中から甘く香ばしい匂いのするお菓子が姿を見せた。


「今日はアップルパイを焼いてみました!上手く焼けていると思います~!」


「あらおいしそうね!早めに食べましょう!」


 お姉さんは手早くアップルパイを切り分け、ユウキとシャルロッテに差し出す。それから紅茶をそれぞれのティーカップに注ぎ、椅子に座った。


「それでは頂きましょうか」


 シャルロッテはアップルパイを口へと運んだ。そこから暫くは食事を楽しんだ。お姉さんが焼いたアップルパイはとても美味しかった。外の生地はサクサクとしており、バターのいい香りが鼻をくすぐった。中身はというとこれもまた美味しい。程よく形の残ったリンゴが、噛む度にリンゴそのものが持つ甘味を惜しみ無く感じた。

 真ん中に置かれたアップルパイが半分無くなった辺りでシャルロッテが口を開いた。


「そろそろ本題に入りましょうか。何か聞きたいことはある?」


 ユウキは食べる手を止め考える。


「じゃあとりあえず、ここは一体どこなんだ?」


「ここはアナタの精神世界よ。現実のアナタは今、城の医務室で3日間横になっているわ」


「3日…?それほんとにか?」


「事実よ」


 断言するところ嘘ではないのだろう。ユウキ自身、意識が途切れてからすぐに目を覚めたと思っていたが、現実では既に3日も経っているなんて。とても現実味はないが、それでも驚くには十分だ。


「それで急になんで現れた?俺になんか用なのか?」


「1つずつ答えるわ。まずなぜ急に現れたのかってとこからね。それはアナタが勇者として目覚め始めたからよ」


「どういうこと?」


「アナタ、グレアと戦っていた時に何か異変が起きなかったかしら?」


「あった。何かが弾けたような、そんな感覚。それからグレアの動きが分かるようになった」


「そうそれよ。それが勇者としての目覚め。まあ勇者としての1歩目ってところね。そして2つ目。アナタに勇者の素質があるとシスターちゃんに言ったのは、他でもないこのアタシよ。でも不具合があったから先に謝っておこうと思って」


「不具合?それって?」


 シャルロッテは紅茶を1口飲み唇を濡らすと、僅かに微笑んだ、


「アナタ、勇者の素質はあるのだけれど、この先何かしらの奇跡が起きない限り、絶対に聖剣を抜けないわ。ごめんなさいね」


「ハハッ…勇者、やめていいかな?」


「だめよ?」


「なんで?」


「もう世界の歯車は変えられないわ。変えられないの。そういうことにしておいて」


「おい急に適当になったな!?絶対やめられるよな!?何とか言えよ筋肉カマ野郎!」


「フフッアナタ死にたいの?まあ本当に変えられないのよ、アナタが勇者として目覚めてしまったから。まあ聖剣の代わりと言ってはなんだけれどこの娘を連れていかせるから」


 そう言うとシャルロッテは、隣でずっとアップルパイを食べていたお姉さんを見た。視線に気づいたお姉さんは食べるのをやめ、背筋を伸ばすと、口元を拭いてユウキに向き直した。


「そういえばそうでした。初めましてユウキくん。私はメリア。シャルロッテ様の部下です。この度シャルロッテ様の命により、ユウキくんのサポートをさせていただきます。よろしくね」


 メリアはニコッと微笑みその場でお辞儀した。

 

「そういうことで、メリアを連れさせるわ。安心して?メリアはこれでもとても腕が立つ娘よ。魔術から体術まで何でも出来るわ。後はアナタの力次第ね」


「マジかぁ…はぁ…」


 ユウキは溜め息を吐いた。温くなった紅茶の入ったティーカップを手に取り、一気に口へと流す。


「そろそろ時間ね」


「時間って?」


「アナタが目覚めるのよ。今日は話せてよかったわ。アナタには期待してるからね」


 シャルロッテは立ち上がり、手を前に出した。それを見てメリアも立ち上がる。


「お土産ってことで、アナタの目覚めた力を体に慣れさせておくわ」


「おぉ悪いなありがとう」


「どういたしまして。まあ聖剣が抜けないんだからこれくらいはね」


 シャルロッテが微笑むその隣で、メリアが1歩踏み出した。


「また後で会おうねユウキくん。きっとすぐに会えると思うから、改めてこれからよろしくね!」


 メリアがユウキに手を差し出す。ユウキはその手を握り返し、ニッと笑顔を見せた。


「おう!こちらこそよろしく!」


「そろそろよ。まあ次会うときはアナタの力がもう1つ目覚めたらね。次は死んだとき、なんて洒落にならないから、頑張りなさいね」


「あいよ了解!じゃあまたな!」


「えぇ。また会いましょう、ユウキ」


 そう言うと前に出した手から光が生まれ、ユウキを包みこんだ。心地のいい暖かさの中で浮遊感を感じながら、ユウキの意識は徐々に遠退いていった。

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