第4話 朝比奈母娘
「先生 この方を助けてください」
「先生 この人を助けてあげて」
母娘の悲痛な叫びに担当医は無言で首を横に振った。
ピッ!ピッ!ピッ!
この病室を支配する音は生体情報モニターの音と私達の泣き声だけだ。
ピッ!ピッ!ピッ!ツーーーーーーーー
「22時38分 御臨終です……」
先生は無常にもこの方の死亡宣告をされた。
私は信じられなかった。命を懸けて見ず知らずの他人を助けようとするなんて……。そして死んでしまうなんて……。
「お母さん!この人死んじゃったよぉ……あたしたちのために……」
私は娘の問いに答えることができない。泣くことしかできない。私達母娘は本当の人の優しさに触れた事がない。私の夫でありこの娘の父親であるあの人さえも私達にひどい扱いをした。
私は朝比奈綾瀬、娘は舞音。一年ほど前に夫から離縁を言い渡され少しばかりのお金を握らされ家から叩き出されました。夫の家は名家で体裁やしきたりにこだわり世継ぎが、男の子が生めないという理由で離縁され家を追い出されました。令和のこの現代に信じられません。夫は結婚前はとても優しく素敵な方でした。ですが結婚後は私にあまり興味を示さず構ってもらえなくなりました。夫の家族は最初から私に辛くあたりましたが舞音を生んだあとはさらにひどくなりました。舞音も可愛がってもらった事などありませんでした。
私は小さい頃から母に人の悪口は絶対に言ってはいけない。人を悪く思ってはいけない。人を悪く思うと自分も悪い人になる。人を許せる心を持ちなさいと毎日口酸っぱく教えられました。少し偽善的だ なんて思いながら私の心の奥深くにあるものとなっています。舞音にもこの教えを教えました。この教えのおかげかはわかりませんが舞音はとても良い娘に育ちました。本当に自慢の可愛い娘です。娘にはこの先幸せになってほしいというのが私の唯一つの願いです。
家を追い出された私達母娘はこの街で家を借り私は仕事をみつけ娘は学校に通いやっと二人で笑いあえるようになったばかりだった。
私の今までの人生で本心から親身になって優しくしてくれたのは母しかいない。その母ももう他界していない。優しさっていうのは上辺だけのものだとずっと思ってた。人に優しくしたらそれは一方通行で当たり前だ。決して帰ってくるものではない。そう思って生きてきた。
でも今私の目の前で目も開けてくれず言葉も掛けてくれずただ横たわっている見ず知らずのこの方は……。
何の縁もない他人の私達を助け命を散らした。
どうしよう?どうしよう?どうしたらいい?
頼みます!お願いします!目を開けてください。何かお声を掛けてください。死なないでください。生き返ってください。こんなの受け入れられません。
私に
何ができる……何もできない。ただ泣くだけ……
娘も同じ気持ちなのでしょう。ずっと泣きじゃくってます。
この方とこんな出会いをしたくなかった……。
その時病室のドアが開いた。
看護師さんと一人の女性が入ってきた。御家族の方でしょうか?奥様かもしれません。私と同年代か少し年下かもしれません。とてもお綺麗な方です。
看護師さんは私達が離れずにいるベッドまで女性を案内されました。
女性は御顔に手を当て涙を流されました。
「翔 間に合わずにごめんね……」
目を閉じ何かを語りかけているようでした。
「あなた達は翔が助けたという母娘ですね?」
女性は私達に語り掛けてきました。大切な家族を亡くされた方です。私達に怒りをぶつけられるかもしれません。ののしられるかもしれません。覚悟の上です。
「はい 私たちはその方に命を助けてもらいました。」
「二人ともお怪我などはないのですか?」
この方は私達を気遣ってくれてる?私の眼はまた涙にあふれていた。
「はい。大丈夫です…」
「そう よかった 私はこの沢村翔の姉沢村真澄です。あなた方が無事で翔も安堵しているでしょう。姉である私も翔を誇りに思います。だから泣かないでね。」
「ありがとうございます。」
その時病室は白い光に包まれた。
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