第4話 未だ、今だ、

 未だに春が続き、夏は訪れていない。

 俺は「夏の獣」になれないまま、ただの高校生として日々を過ごしている。

寺岡てらおか、あんさ」

「んだよ」

「私ら、もう終わりにしない?」

 ただの高校生――というには相応ふさわしいのだろうが、華々しいはずの生活ももう終わりを迎えてしまいそうだった。不甲斐ないことに俺は今、彼女である東堂とうどうに別れ話を切り出されていた。

「とうど……う。お前、本気で……」

 どの街にも大抵二つはありそうなハンバーガーのチェーン店の一角での告白に、最初は耳を疑った。しかし、最近の二人の関係はあまりかんばしくなく、東堂の心の限界も目に見えていながらスルーしていた。俺だって、今年の夏が無くなっているという現実に、限界がきていた。そのイライラを東堂に向けていた俺が悪い。

「いや、あの、私は別になんというか――その……」

 東堂は口ごもった後、言葉を紡ぐ代わりにシェイクを吸った。軽音部のバンドでボーカルをやっている東堂は肺活量に自信があり、まだ柔らかくなっていないシェイクでさえも易々と吸う。

「春一番」が、夏が忘れ去られたのをいいことに勝手に気温を調節しているおかげで、八月だというのに冷房が無くても過ごしやすい。ふと東堂を見ると、赤のメッシュが入ったボブが揺れた。吊り目気味の瞳が微かに潤んでいることに気付く。そして東堂の方は、自分が見られていることに気付いたようだった。

「終わりにしようってのは……」

「別れようって意味」

 オブラートに包まなければ、こんなにも刺々しい言葉になるのか。

「今さ、しょうがないかなって思わなかった?」

 東堂は真っ直ぐ俺の目を見つめて言う。その真剣さに気圧されそうになった。

「そのぐらいの気持ちなら別れよう」

「待っ……ちょっと待って。俺は――」

「ごめん、意地悪なこと言った。寺岡はさ、何が嫌だったの?」

「違うんだ。俺は東堂のことが嫌いになったとかじゃなくて……ずっと言ってる、『夏』のことでだいぶピリピリしてて……」

 しかし、くさいことを言えば俺たちカップルは一度も下の名前で呼び合ったこともない。初心うぶと言えば聞こえは良いかもしれないが、二人の間に最初から僅かな溝があったというのもまた事実だ。

 東堂もまた例に漏れず、夏の存在を知らない一人だ。俺が変なことを口走っていることに、いい加減│辟易へきえきとしているだろう。だが、「獣」のことを言っても仕方がない。しかし、言わなければ東堂ともう二度と――。

「東堂、おかしなこと言ってるのは分かってる。だけど聞いてくれないか。お前は知らないって言うが、その『夏』って季節に俺は獣になれるんだ。……あぁ、その、獣っていうのは虎とかライオンみたいなのを想像してもらったらいいんだけど、ってこんなこと言っても信じてもらえないだろうけどさ」

 徐々に俺の視線は自分の膝へと落ちていき、声もだんだん小さくなった。言い終わっても一向に返答はない。しびれを切らして顔を上げると、そこには目を見開いて驚いた様子の彼女がいた。

「あの、え……? 嘘……」

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