第3話 季節の支配者

「夏の獣」というのは、単なる比喩ではないことはきちんと言っておく。

 俺は本来、夏に獣――それは一般的にその言葉から連想される猛獣のようなものだ――となって、夏を守らなければならない。俺は夏の担当なのだが、他の季節にも獣はいる。つまり、夏の獣だけでなく「春一番」・「秋入梅」・「冬将軍」もいるということだ。

 俺は今年の初め、突然妄想の中で誰かに「夏の獣」になれと命じられた。どうやら年毎に各季節一名を無作為に選出しているようで、偶々今年の夏は俺が守らねばならないことになったのだ。課された命令は二つ。


 一、季節に多大な影響を及ぼす気候変動を未然に防ぐ。


 一見すると人の力ではどうにもならないようなことである。しかし、そのに俺は、「夏にだけ獣になれる力」というものを授かった。人の域を超えた、いわば化け物のような力を、人々が夏を感じている限り使えるのだ。

 例えば夏であれば、あまりにも猛暑が続いてしまうと今度は秋へ影響が出てしまう。人々が「秋っぽさ」を感じなくなってしまうからだ。馬鹿みたいに思われてしまうかもしれないが、日本列島を物理的に冷ますべく、人間には見えない獣になって上空から息を吹きかけるのだ。


 二、その他三人の「季節の獣」と協議し各季節の日数を決定する。


 こんなにもSFじみているというのに、これに関しては非常に現実味を感じる。365日の中から希望の日数をに申請するというのだから、まるで部活動の日数申請みたいだ。未だ正体の知れない他の「季節の獣」からも申請を受けると、「何月何日から夏が始まります」と通告を受ける。そしてその日に合わせて「春一番」が徐々に熱波を送ってくれる。

 くれる、はずなのだが。


 8月8日現在、未だに夏は訪れていない。

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