第2話 理由

 もし仮に、奪われたのだとすればその犯人を特定することは容易ではないだろう。人々の記憶から奪われた──しかし、奪ったのもまた人々なのだから。「人々」と言うからには、それは"person"ではなく"people"だ。何時いつから、何処どこからかも分からないのに、真っ先に誰からかが判明するわけがない。

 ましてや何故なぜなんて。

 ──夏が奪われた理由なんて。

 そもそも、誰一人として夏が消えたことにすら気が付いていないのに、奪われた理由に気付くことなど不可能である。

 端的に言えば、世界からのだ。

 もちろん日本の季節と言えば、春・夏・秋・冬の四つ――春夏秋冬だ。しかし、どういうわけか世界中の人間が「夏」という概念を忘れてしまったのだ。他の三つの季節は覚えているのに、夏だけを忘れてしまった。

 365日をおよそ三等分し、当然意識の中では夏が無くなったのだから、暑さに過敏にならない。故にわざわざ海や川に消夏するようなことは無くなったし、そういったは全て無くなった。

 環境の変化があって夏が消えたわけではなく、あくまで概念としての夏が消えたということだ。夏は目の前にあるというのに、それを観測出来る人間がいないので、誰も夏を思い出すことが出来ない。――俺を除いては。

 唯一、俺は夏を覚えている。夏に行うべきことも、夏に関する全てを。夏を観測出来る唯一の人間なのだ。ならば、俺が皆に伝えればいいと思うかもしれないが、それが出来ていればこんなに悩むことも無かっただろう。

 うの昔に皆に夏を伝えて回った。しかし、変な宗教家だと思われて誰一人として俺を信じてくれなかったのだ。この残酷な問題に対しての俺の立場は最悪だ。なんせ「1対その他全員」という究極の少数派マイノリティーだからだ。

 暑さを感じず快適に過ごせるのであれば、別にそれは良いことではないだろうかと思ったこともあったが、それではダメなのだ。それにはきちんとした理由がある。夏がもしこのまま、本当に消失してしまうと他の季節にも影響が出てきてしまうからだ。

 どういうことか。それはつまり――


 ――俺が、夏の獣だからだ。

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